幕間 侍女の胸さわぎ(侍女メイの視点)

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 もう一つ、アスターお嬢さまが変わっていることがあります。  それは、異国から伝わった健康法を実践しているということです。  その名はヨガ!  庭師のギヨムさんから習ったそうですが、はじめは何がいいのか、さっぱりわかりませんでした。  変わったポーズで深呼吸する。それだけのことで、身体が良くなるとは思えなかったのです。  でもある日、その考えは一変しました!  不眠症で困っていたわたしに、お嬢さまが不眠に効くヨガを教えてくれたのです。  効果てきめん! すごいのなんの。劇的というのはこういうことです。  寝付きの悪いのが治り、目覚めもスッキリ!  不眠症が治ったと報告しにゆくと、お嬢さまは自分のことのように喜んでくれました。  それ以来、わたしはヨガに夢中になりました。  わたしは、あの独特の呼吸がうまくできないのですが、アスターお嬢さまは、辛抱強く指導してくれています。  お嬢さまから新しいポーズを教えてもらう度、ワクワクしています。  やがてヨガ教室を開いたお嬢さまは、トリリトンのご令嬢ジーナさまと共に、密かに事業を始めた。  わたしも少しだけお手伝いしています。  他のお屋敷の侍女友だちから情報を仕入れたり、お知らせカードを配ったり。港街に、異国の品物を買いに行ったこともありました。  生き生きとするお嬢さまを見ていると、わたしも嬉しい気持ちになります。  ──そんなある日のこと。  わたしは不思議な体験をしました。  わたしはヨガの呼吸──ゆっくりと規則的なあの呼吸法がうまくできません。  ゆっくり呼吸しているつもりでも、気がつくと呼吸が速くなったり、勢いよく吸い込みすぎてむせちゃったりします。やはりわたしって、あわてんぼなのでしょうか。  その日、お嬢さまのお部屋でヨガを習っていたわたしは、またしても呼吸を乱し、せき込んでしまいました。  そこでお嬢さまは、自分と呼吸を合わせるようにと言いました。  目を閉じ、お嬢さまの呼吸を聞いて、自分も同じように呼吸するのです。  ゆっくり…深く吸い、ゆっくり…細く息を吐く……。  ゆっくり…深く…。ゆっくり…細く……。  それは不思議な感じでした。  アスターお嬢さまと呼吸を合わせ続けているうちに、わたしという存在(これはお嬢さまから教わった言葉)が、曖昧になり、溶けて、広がってゆくような感じになりました。  耳に聞こえる呼吸音は、自分が呼吸している音なのか、お嬢さまの息なのか、それもわからなくなってゆく。  お嬢さまとわたし。二つの身体が一つになったかのようでした。  その時です。一瞬、〈それ〉が見えたのです。
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