01 異世界転生! ヨガでスローライフのはずが…

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 ──あの日、佐倉あすかは死んだのだ。  そしてこの世界で、子爵令嬢アスターに転生した。 「そなたには特別な才があると思っていたが、前世でヨガを習っておったのか」  呆然としていたわたしは、ギヨムさんの声で我に返った。  そして気づいた。 「あなた、用賀さん!」  そうギヨムさんは、前世のあすかにヨガを教えた「仙人」用賀さんにそっくりだった。 「あなたも転生したんですか?」 「そうとも言えるし、違うとも言える」 「……どういう意味です?」  そうなのか、違うのか、どっちなんだ? 「言葉では説明できん。食ったことのない食べ物の味を伝えることができないのと同じだ。体験したことがない者には伝えてもわからぬ」 「……そうですか」  まあいいか。  ギヨムさんが転生者であってもなくても、あるいは本当に仙人みたいな人だったとしても、今のわたしには関係ない。 「それにしても、何もいいことのない人生だったな……」  前世の記憶。特に死ぬ直前の数年間を思い出し、わたしはつぶやいた。  恋人はいない。勤め先はブラック企業。仕事に追われて好きなゲームもできない。  ほんと、ロクでもない人生だった。 「どんな人生にも意味はある」  ギヨムさんが言う。 「不幸な人生でも?」 「不幸を知らねば、ほんとうの幸せを知ることはできない。王者の生、奴隷の生。罪人の生、善人の生。あらゆる人生、あらゆる世界で生きてゆく。それが生命のことわりというものだ」 「よく…わかりません」  でも、一つわかったことはある。  佐倉あすかの人生に比べれば、今のアスター・リーヴの人生は恵まれている。  底辺貴族だけど、佐倉あすかみたいに毎日毎日働きづめで好きなこともできない、なんてことはない。  両親にはムカつくけど、上司のセクハラやパワハラ、イカれたクレーマーの相手をすることに比べればどうってことない。  この日から、わたしは生まれ変わった。  佐倉あすかみたいな人生はごめんだ。アスター・リーヴは幸せに生きるんだ!  そう決意したわたしは、毎日を楽しく生きることに努めた。  毎日ギヨムさんの小屋に通い、ヨガを習った。  呼吸。瞑想。様々なポーズ。  身体がやわらかくなると、心もやわらかくなるのを感じた。  貴族令嬢のたしなみとして強制される習い事やお稽古事も、前ほどいやではなくなった。  ヨガのマインドフルネスのおかげだった。  上達が遅くても、うまくできなくても、それで落ち込んだり、自己嫌悪に陥る必要なんてない。  失敗を笑い飛ばし、反省は前向きにする。ヘタはヘタなりに楽しめばいいのだ。  そうすると不思議なもので、あんなに苦手だったダンスや刺繍がめきめきと上達していった。  どうにか人並みになった、というレベルだけど……。
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