01 異世界転生! ヨガでスローライフのはずが…

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 ホールに現れたヴィクトリアは、優雅な足取りで奥のイスへと進み、そこに座った。  遠目にもわかる美貌。そしてカリスマ。  わたしより一つ上なだけの十二歳。なのに彼女、ヴィクトリアはとても大人びて見えた。 「あれがヴィクトリアさまか」 「病弱だと聞いていたが、そうは見えないな」  貴族たちがざわめきながら、列を作る。  ヴィクトリアにお祝いを述べるための列だ。当然、わたしのリーヴ家は最後尾である。  それにしてもヴィクトリアも大変だな。こんなに大勢の人たちから挨拶を受けるだなんて。  大人のそれも大貴族たちが、十二歳のヴィクトリアにお辞儀する様は、まるで女王への謁見みたいだった。  いや、もしかするとヴィクトリアは将来、本当に女王になるかもしれない。なんといっても彼女は王室御三家の一つ、ナイトレイ家の令嬢なのだから。  挨拶は意外と早く進み、ついにわたしたちリーヴ家の番になった。  間近でヴィクトリアを見た時、わたしは身がすくむのを感じた。  少し青みがかった銀色の髪。エメラルドのような緑の瞳。  なんという美しさ。そして気品。見た目は十二歳だけど、身に纏うオーラは、もう王者のそれだった。  もう人間としての格が違う。 「アスター・リーヴ…です」  ヴィクトリアに挨拶するわたしの声は震えていた。  声だけじゃない。わたしの全身が震えていたのだ。  緊張からじゃない。これは── 「……ヴィクトリア・ナイトレイよ」  ヴィクトリアはつまらなさそうにわたしを見て言った。  その目に、わたしは射すくめられてしまった。  ──恐怖。  彼女を間近で見た瞬間、わたしの身体は恐怖にすくんでしまったのだ。  どうして? どうしてこの子は、こんなに怖ろしいの? 「ヴィクトリアさまには、年の近いご友人がおられないとのこと。ウチのアスターは魔力のほうはアレですが、魔法学の成績は優秀でして…その、よろしければ、ご学友にいかがかと‥…」  汗をふきふき、お父さまが言う。 「──下らない」  小さな、しかしはっきりした声でヴィクトリアは言った。 「私がお前たちリーヴ家に求めるのは忠誠。それだけだ」  ヴィクトリアは足を組み、傲岸に言った。 「アスター・リーヴ。私に、終生変わらぬ忠誠を誓え」  白い手袋をはめた細い手が、誓いの口づけをしろとわたしに差し出される。  その瞬間、わたしは思い出した。  このきらびやかなホール。小さな女帝のようなヴィクトリア。  この場面をわたしは知っている!  ──乙女ゲーム『恋はアルカナ』。  これは、あのゲームのイベントシーンの一つだ!  ゲームのラスボスである邪悪な姫と手下の中ボス。その二人がはじめて出会った時を描いた回想シーンだ。  そして気づいた。ずっと感じていた既視感の正体に。  ここはゲーム『恋はアルカナ』の中だ。  さっき見かけた二人の王子、レオンとユーリックは、ゲームのヒロインと結ばれる攻略対象キャラだった。  このヴィクトリアは、彼らに倒されるラスボスの邪悪な姫!   そしてわたしは物語中盤で退治される中ボスだ! 「どうした?」  凍り付いたわたしをヴィクトリアがにらむ。  ヴィクトリアは邪悪で冷酷な姫。忠誠を拒めば一族皆殺しにされる。  でも、彼女に忠誠を誓えば、ゲームの主人公たちに退治されるという、破滅の未来が確定する。  どうしたらいい? どうすればいいの!? 「……ちゅ、忠誠を誓います」  選択肢はなかった。  震えながらわたしは跪き、ヴィクトリアの手に口づけした。  ヨガでスローライフを送るという、わたしのささやかな夢は終わった。  そして、破滅へと続く最初の扉が開いたのだった。
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