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ホールに現れたヴィクトリアは、優雅な足取りで奥のイスへと進み、そこに座った。
遠目にもわかる美貌。そしてカリスマ。
わたしより一つ上なだけの十二歳。なのに彼女、ヴィクトリアはとても大人びて見えた。
「あれがヴィクトリアさまか」
「病弱だと聞いていたが、そうは見えないな」
貴族たちがざわめきながら、列を作る。
ヴィクトリアにお祝いを述べるための列だ。当然、わたしのリーヴ家は最後尾である。
それにしてもヴィクトリアも大変だな。こんなに大勢の人たちから挨拶を受けるだなんて。
大人のそれも大貴族たちが、十二歳のヴィクトリアにお辞儀する様は、まるで女王への謁見みたいだった。
いや、もしかするとヴィクトリアは将来、本当に女王になるかもしれない。なんといっても彼女は王室御三家の一つ、ナイトレイ家の令嬢なのだから。
挨拶は意外と早く進み、ついにわたしたちリーヴ家の番になった。
間近でヴィクトリアを見た時、わたしは身がすくむのを感じた。
少し青みがかった銀色の髪。エメラルドのような緑の瞳。
なんという美しさ。そして気品。見た目は十二歳だけど、身に纏うオーラは、もう王者のそれだった。
もう人間としての格が違う。
「アスター・リーヴ…です」
ヴィクトリアに挨拶するわたしの声は震えていた。
声だけじゃない。わたしの全身が震えていたのだ。
緊張からじゃない。これは──
「……ヴィクトリア・ナイトレイよ」
ヴィクトリアはつまらなさそうにわたしを見て言った。
その目に、わたしは射すくめられてしまった。
──恐怖。
彼女を間近で見た瞬間、わたしの身体は恐怖にすくんでしまったのだ。
どうして? どうしてこの子は、こんなに怖ろしいの?
「ヴィクトリアさまには、年の近いご友人がおられないとのこと。ウチのアスターは魔力のほうはアレですが、魔法学の成績は優秀でして…その、よろしければ、ご学友にいかがかと‥…」
汗をふきふき、お父さまが言う。
「──下らない」
小さな、しかしはっきりした声でヴィクトリアは言った。
「私がお前たちリーヴ家に求めるのは忠誠。それだけだ」
ヴィクトリアは足を組み、傲岸に言った。
「アスター・リーヴ。私に、終生変わらぬ忠誠を誓え」
白い手袋をはめた細い手が、誓いの口づけをしろとわたしに差し出される。
その瞬間、わたしは思い出した。
このきらびやかなホール。小さな女帝のようなヴィクトリア。
この場面をわたしは知っている!
──乙女ゲーム『恋はアルカナ』。
これは、あのゲームのイベントシーンの一つだ!
ゲームのラスボスである邪悪な姫と手下の中ボス。その二人がはじめて出会った時を描いた回想シーンだ。
そして気づいた。ずっと感じていた既視感の正体に。
ここはゲーム『恋はアルカナ』の中だ。
さっき見かけた二人の王子、レオンとユーリックは、ゲームのヒロインと結ばれる攻略対象キャラだった。
このヴィクトリアは、彼らに倒されるラスボスの邪悪な姫!
そしてわたしは物語中盤で退治される中ボスだ!
「どうした?」
凍り付いたわたしをヴィクトリアがにらむ。
ヴィクトリアは邪悪で冷酷な姫。忠誠を拒めば一族皆殺しにされる。
でも、彼女に忠誠を誓えば、ゲームの主人公たちに退治されるという、破滅の未来が確定する。
どうしたらいい? どうすればいいの!?
「……ちゅ、忠誠を誓います」
選択肢はなかった。
震えながらわたしは跪き、ヴィクトリアの手に口づけした。
ヨガでスローライフを送るという、わたしのささやかな夢は終わった。
そして、破滅へと続く最初の扉が開いたのだった。
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