入れ替わりの果てになにがあるのか

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 セシリオの言葉に、クラウディアは目を細める。  日頃であったらもっと湾曲してしゃべるセシリオが、今回はかなり真っ直ぐな言葉を彼女に投げつけてきたのである。 「……私、姉妹離れできていないように思う?」 「僕にはそう思えるね。それが君のいいところではあると思うよ。ただ、君の素直過ぎる気性は、正直いち領主には向いていない。腹芸ができないと、ありとあらゆるところからむしり取られてしまうからね」 「……っ、私……」 「この辺りも含めて、君たちは一度きちんと話をするべきだ。双子であったら、以心伝心で気持ちが伝わってしまうかもしれないけれど、肝心なことは口にしなければ伝わらないものだからね」 「……わかったわ。ありがとう、セシリオ」  セシリオはにこやかに笑って、小さく手を振った。それを見ながら、クラウディアは歩きはじめた。  今まで、遠巻きに粗忽者とか、粗野とか、さんざん悪口は言われてきた。それらはチクチクと彼女を蝕み、歯を食いしばって耐えてきたが。  いざ卒業を目前にして「当主に向いてない」とここまではっきりと言われるとは、彼女も思ってはいなかった。 (私の努力は的外れだったのかしら……)  クラウディアの胸中は暗く冷たくなる。  入学までの間、次期当主として恥を掻かないようにと、彼女だけ特別に家庭教師を付けられて、朝も夜も勉強をし通しだった。  クリスティアは部屋で遊んでいるというのに、延々と詰め込まれる勉強に、彼女は溺れてしまっていた。  勉強は好きではない。当主にならないといけないからしなければならないだけだ。  しかし、学校の成績はあれだけ勉強してきたクラウディアよりも、クリスティナのほうがよかったのだ。彼女の心は悲鳴を上げていた。なんで、どうしてと、そればかり。  クリスティナは、ただ普通に勉強が好きだった。ただ勉強でくたびれて休んでいるクラウディアの残した本とノートを見て、内容を覚えてしまっただけ。彼女に悪気がないのはわかっているために、彼女に怒ることすらできずにいた。  クラウディアが王族を殴ってしまったのは、端的に言って、溜まりに溜まっていたストレスに加えて、腹が立っているときにたまたまからかってきたからというのが大きい。しばらくは無視できたのだから、そのまま無視し続ければよかっただけなのに。  そのときにクリスティナはさんざん泣き、それをクラウディアが庇ったことで、やっとクラウディアは安堵できたのである。自分はよく泣くクリスティナの盾になればいいんだと。  それぞれ婚約者が決まり、クラウディアは次期当主として婿を取り、クリスティナはどこかいいところに嫁入りする。それでよかったはずなのだ。それでよかったはずなのに。  だんだんクラウディアの歩く足に、力が入らなくなってきて、とうとう中庭から寮に入るまでの廊下で、しゃがみ込んでしまった。 (どうしてこうなっちゃったのかしら……)  ひとりでそう落ち込んでいたところで、「なんだ」と声をかけられた。  声をかけてきたのは、エルベルトであった。フェンシングスーツを着ている彼は、どこか汗のにおいがした。倶楽部に顔を出していたのだろう。  クラウディアはどう答えたものかと迷った。 「こんなところで座り込んで。体調でも悪いのか?」 「……あなたがこんなにおしゃべりだなんて、初めて知ったんだけれど」 「なんだそれは。こんなところで座っていたら邪魔だと言っているんだ」 「わっ……」  エルベルトはひょいとクラウディアを樽担ぎした。それに彼女は焦る。 「ちょっと……恥ずかしいわ、やめてちょうだい」 「女子寮の前で降ろせばいいだけの話だろ。で、ひどく死にそうな顔をして、なにがあった?」 「なにって……そもそもあなた、クリスの婚約者じゃない。私にかまけていいの? そもそもあなた、最近噂が」 「くだらん噂が流れているみたいだな」  エルベルトはクラウディアを難なく担ぎながら、ばっさりと言い切る。それにクラウディアは顔をしかめた。 「……あなたにとってはくだらなくても、私たちにとっては一大事だわ。あなたとの婚約が破談になった場合、あの子の婚約をどうすればいいの。勝手にケチを付けられて、行き遅れてしまったらいくらなんでも可哀想じゃない」 「それ、お前の気持ちは含まれているのか、本当に?」 「え……?」 「妹が妹がばかりで、俺はお前の意見を聞いたことがない。お前はどうしたいんだ?」 「……あなたたちって、いっつもそう! 好き勝手ばっかり言って!」  胸中に溜まりに溜まった澱みが、クラウディアを圧迫させようと暴れ、彼女の体は軋みを上げる。  痛い。痛い。痛い。痛い。 (どうして、私ばっかり……!) 「私たち、ずっとふたりで一緒にいたかった! でもしょうがないじゃない! 双子でも私は姉で、クリスは妹なんだから! だから私は当主を継がないといけないし、クリスだってお嫁に行かないといけない! 周りがどうこう言っていても、変えられないでしょう!? 私、頑張ってきたのに……全然報われないけど、頑張らないといけないのに……」  とうとうクラウディアは、声を上げて泣き出してしまった。  みっともないとはわかっている。今まで泣いてもしょうがないと諦めていたのが、この数日の出来事で少しずつ、少しずつ摩耗してきて、とうとう決壊してしまったのだ。  クラウディアを樽抱きしたまま、エルベルトは無愛想に「そうか」とだけ言った。それが彼女にとっては勘に触った。 「あなたは……私からそんなこと聞き出して、いったいどうしたいって言うの!? 私に……恥だけ掻かせたかったの?」 「……そんな訳があるか。お前に恥を掻かせる気も、お前の家に泥を塗る気もない」 「あなた婚約を何度も蹴りたがっていたのに、よくそんなことを言えたものね!?」 「あまりわめくな。落ちるぞ」  そうポツンと漏らしたところで、女子寮の廊下に差し掛かった。これより先は男子禁制だ。そこでようやく降ろされるだろうと思っていたら、こちらに走ってくる足音が近付いてきた。  クリスティナが、本当に珍しく目を吊り上げて走ってきたのだ。  大方、女子寮の部屋から、クラウディアを担ぐエルベルトが見えたために、飛び出してきたのであろう。  普段は泣き虫で姉の後ろに隠れてばかりの彼女が表立って出てくるのは、姉に関連することばかりだった。 「クリス、どうして……」 「エルベルト様……! お姉様になにをなさるの……!?」  普段はエルベルトとしゃべることすら怖がるというのに、クリスティナは目を吊り上げただけでなく、怒って手を上げたのだ。  しかし彼女の手はエルベルトが難なく避けたことで空ぶった。クリスティナは勢いをそのままにつんのめり、廊下にぺしゃんとこける。 「クリス……! あなた本当になんのつもりなの!? いい加減に降ろして!」 「こうしてりゃ、出てくると思っていたが……本当に仲がいいな、クラウディアとクリスティナは。クリスティナ」 「なんなんですか……!?」  とてもじゃないが、婚約者にかける言葉ではなかった。  クリスティナの剣呑とした態度に唖然としていたところで、エルベルトがクラウディアを樽抱きしたまま告げた。 「クラウディアを俺にくれ」 「………………はあ?」「………………はい?」  ふたりの返事は、ほぼ同時だった。  それにエルベルトは、本当に珍しく人を射貫くような金色の瞳を綻ばせた。  無骨な彼の笑顔は、それだけ珍しいものだった。 「本当に仲がいいな、お前たちは」
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