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時は流れ、和平が結ばれてから既に五年が経過した。
それでも外の世界は、戦争の傷跡が色濃く残り、復興という名の事業は後手後手にまわっている。
だが、人間も魔族も逞しい、こういった荒れたご時世になると、本当に汚い奴らが利益を貪り始めるものだ。
「ケトル様、これは美味しいかと」
ドサっと地面に置かれた獲物を見つめる。
魔獣になり損ねた獣、大きな鼻と鋭い牙が特徴の大型ボア種の肉塊が目の前に置かれた。
「まいど、凄いなヘラオは」
「いえいえ、肉体労働は私の役目ですので」
このホブ・ゴブリンにしか見えない存在、ヘラオは俺の配下随一の武力と忠義を持っている。
それが、こうして一緒に五年も何もない森で暮らしているのだから、怖いものなどない。
「それにしても、十年以上かかると思ったのに、早かったな」
「えぇ、既に二百を超える魔獣たちはケトル様の配下同然、当初は命を狙われる毎日でしたが、今では狙おうなどと思うだけで、無に帰すと知っては手出しどころか味方になりたいと願い出ております」
この深き杜、通称【アビス・フォレスト】と呼ばれる禁足地に俺は追放された。
人間も魔族も絶対不可侵の杜だ。 理由は知らないが、来てみて住んでみるとわかる。
「あぁ、これは無理だ」
大規模な軍勢でも苦戦するレベルの魔獣の数に、この狭い獣道に谷の存在、そんな中にポツンと入りこんだときは、死を覚悟したが、なんとかやってこれている。
「魔獣が知恵の浅い存在で助かりましたね」
「確かに、これが魔人や人間のようだったら、俺たちも流石に生きていないな」
魔獣は俺たち魔人や魔族とは若干異なり、普通の獣として生活しているが、何かの切っ掛けで体内の魔素が暴走し、狂暴化した存在を総称して魔獣と呼んでいた。
その規模が通常の杜とは比較にならないほど、ここは濃かった。
だが、群れることを知らない魔獣は単体での行動が多く、戦闘力ではヘラオは圧倒する。
それを繰り返していると、知らないうちに、本能で理解しているのか、今では俺につき従う魔獣が増えていた。
「しかし、本当にケトル様は弱いのですね」
「あぁん? なんだよ。文句あるのか?」
「いえいえ、ただ、あの方の血を受けついでいるというのに、少々可哀そうだなと思いまして……」
何を今更、俺はばっちり母親の血を色濃く受け継いでしまい。 魔族として機能しているのは、人間よりも長命な点ぐらいなのでは?
哀れむ気持ちも分からないではないが、俺はそうやって過ごしてきたのだから、何も困ってはいない。
「大丈夫だ、心配するな俺にはお前という、最強の矛があるから」
「そう言っていただけ嬉しいで――⁉」
俺に向かってお辞儀をしそうになりかけたとき、ヘラオは何かを察知したようで、警戒を露わにした。
「どうかしたのか?」
「はい、杜に侵入者かと……複数ですね」
「そうか、久しいな獣以外の存在を感じたのは」
これが以前の生活なら、さっと部下を向かわせていただけだろう。
しかし、今は違う。 五年という決して短くない月日を、ヘラオとだけ過ごしてきた。
だからなのか、珍しく俺はその気配のする方へと足を向けてしまう。
少し歩き進めると、生命感が増していく。
これは、戦時中に嫌というほど感じた【ニンゲン】の気配で間違いない。
「ケトル様……あれを」
指さした方向を見ると、三人ほどの人間が円を作り何かを話し込んでいた。
俺たちは話声が聞こえる位置まで移動し、そっと耳を傾ける。
「おい! 早く始末しちまおうぜ」
「そうだ、誰だよこんな売り物にならないヤツ連れてきたのは、なんなら、コイツの母親の方がまだ売れたぞ」
あぁ、なるほど、ここまでゴミが入り込んできたのか。
こいつらは、おそらく人身売買を生業にしている糞野郎どもだろう。
人間は愚かだ。 知恵があり過ぎる。 なぜ味方同士で争うのだろうか? いや、それは魔族も一緒か……。
「殺すか? ここなら、放っておいても獣に喰われて死ぬと思うがな」
「まぁ、それもそうだが、何か証拠を持って帰らないといけないだろう?」
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、腰に差した獲物に手を書けようとしている。
俺はそこで興味を失った。 殺し、殺されの場面は嫌というほど見て来た。
なにを今更、隠れながら見なければならないのか……。
そう思って引き返そうとしたとき、ある言葉が聞こえてきた。
「しかし、魔王もあっけないな! ポロっと簡単に死んじまって、まぁ、それで俺たちは、こうやって魔国の近くまできて商売ができるってもんだな」
「⁉」
ゾクっと背中に嫌な感覚が走る。 俺は慌てて背後を振り返ると、人間どもは何かを囁いていた。
「ヘラオ! あの人間から情報を聞き出す! 一人だけ残せ」
「御意」
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