過去

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 ヘラオの全身に力がこもると同時に、俺の目の前からいなくなる。  スッと、人間どもの背後に移動していた。 「コイツも魔族に殺されたように見せかけないとな!」 「あぁ、そうだな――どうせ骨もの……あ、れ?」  ズルっと言葉を発しながら、男の首が落ちていく。  それを見ていた二人は、驚きの表情に一気に変わっていった。 「ヒッ‼」 「これは、これは、ようこそ人間、いや主のように呼ぶならば、そうですねゴミとお呼びいたしましょう」 「な、なんだ⁉ ま、魔族が何でこんなところに⁉」  慌てて、剣を構える二人、腰がガクガクと震えており、顎もガチガチと音が聞こえてきそうなほど、動いている。  そんな人間、いやゴミどもにヘラオはクスクスと笑いながら近づいていく。 「おやおや、随分と弱腰では? 先ほどまで、ゲラゲラと下品な声でさえずっていたのに、これだからゴミは嫌いですねぇ」 「こ! こいつ‼ ホブ・ゴブリンのくせに人間をなめるなよ!」  大きく振りかぶって、強い一撃をヘラオに向けたが、それをスルリと回避したかと思うと、大きく間合いを取った。  あぁ、ヤツは遊ぶ癖がある。 圧倒的優位にたつとコロコロと手のひらの上で、木の実を転がす感じで遊びだすのだ。 「幼い頃、主が私の姿を見て【恐怖】してから、極力解放していませんでしたが、あまりの雑魚具合に少々イライラしてしまいました。スッキリさせたいので、本気で行かせていただきます」  そう言ったヘラオの姿が変わっていく。  ヤツの特殊能力の一つが【擬態】、その類まれない変化の力は普段から使われている。  通常の魔族は、多くて二つ程度の擬態しかできない。 だが、ヘラオは違う。    俺が恐れていたから、自分が擬態できる一番弱い存在にあえてなっていた。 「ぎゃぁぁぁぁ! ば、化け物‼」 「失礼な、この美しい姿を拝見できるなんて、光栄と思いなさいゴミがぁ‼」  数々の擬態能力を持っている。 そして、本当の姿を俺は数年ぶりに見た。  禍々しく、黒い体に紅い渦も模様がいくつも描かれ、目がギョロリと左右で違う動きを見せる。  長く、チロチロと動く舌は得物を絡めとっていく。 「た、たす……」  目の前の男が、声を発する前に心臓がえぐり取られていた。  ただ、音もなく杜の柔らかな地面に倒れていく。 「ぎゃぁぁ、た、助けてください! コイツを差し上げます! どうにか、どうにかぁ‼」 「はぁ? 何か勘違いしておりませんか? あぁ、もう我慢ならん……主が一人だけ残せと言われたが、無理、今ここで殺す‼」  ギロンっと目が動いたのを見逃さず、俺は静止の声を張り上げた。 「やめろぉぉぉ‼」    ビクンッっと、ヘラオの動きが止まる。  その舌が、ゴミの首まで残り僅かのところだった。 「おい、気持ちはわかる。だが、大切な情報源だ」  スッと、舌が元に戻りイライラしたヘラオを通り過ぎて、生き残った男の前に立つ。 「いくつか質問をしたい。全て応えろ」  素直に頷く、なんて弱いんだ。 俺も弱い、だが、ここまで心は弱くなかった。  そして、俺の質問に対しベラベラと情報を教えてくれる。 ゴミから虫けらに格上げしてやろう。  得られた情報は三つある。  一つ目は、魔王が死んだのは間違いない。 あの最強の魔族の称号を持っていた存在があっけなく死んだ。  死因は、人間の国には知らされていないようで、かなり強い緘口令(かんこうれい)がしかれている、細部までは聞いていないそうだ。  次に、次期魔王に選ばれたのは、毒爺たちが運営する院の連中から選ばれたようで、殆ど傀儡だということ。    そして、最後に勇者が再度誕生したという予言が、人間の国にもたらせらた。  しかも、今までとはちがい転移ではなく、転生ということらしく、まだ赤子から少し成長した段階だということ。 「これで全部か?」 「あぁ! 間違いない、お前さんが教えてくれって言われたこと、全て教えた! 本当だ、な? だから、助けてくれよ……同じ人間だろ?」  トン――。 俺の指が動く、見た目は人間にしか見えないだろう、魔力も殆どなく、身体的な特徴も皆無。  だが、俺はその言葉が一番嫌いだ。 「ケトル様」 「うん、今の一言で助ける気が無くなった。殺せ」 「ひゃっ! な、なんでだ⁉ お、お……‼」  ズバンッ! 勢いよく、首が飛んでいく。  まぁ、元々助ける気なんて少しも無かったのだが、踏ん切りがついた。  ドサ――。 地面をドス赤く染めながら、全ての人間がこと切れてしまう。   しかし、全てが終わったかのように思えたのに、ガサゴソと動く気配がした。 「あん? そういえば、あのゴミども誰かを殺すって言っていたな」  大きくボロボロの袋が必死に動いている。  逃れようと、必死に動いていた。 「どうしますか?」 「ん? 面倒だから、殺していいぞ」 「御意」  そう言って、ヘラオは鋭い爪で一撃、袋を切り裂いた。 「‼ て、手ごたえがない⁉」  よく見てみると、袋は空で、中には何も入っていない。 「け、ケトル様! お気をつけ……!」  ザッ、ザッ。 俺とヘラオの周りを高速で移動する存在がいる。  正直、俺の目ではまるで追えない。  こりゃあ、凄い。 ヘラオの一撃を回避し、逆に反撃にでるなんて、人間にも強いやつがいるもんだな。  だが、甘い。 甘すぎる。 「俺を狙いたい気持ちが優先されすぎているぞ」    相手の気配が近づく。 俺は、下に転がっている肉塊を勢いよく持ち上げると、力の限り背後に放った。 「きゃっ!」  華奢な声が聞こえてくる。 背後をとりたいなら、まずは正面に意識をもっていかなければ、ずっと俺にばかり殺気を向けているのが伝わり、簡単に対策がうてた。 「ケトル様!」  俺を助けるべく、ヘラオが回り込んで闘おうとした。 「やめろ‼」  ドンッ――‼  俺の一声で杜が若干震える。 ピタリと動きを止める二体。  俺は、そっと命を狙おうとしている存在に向かって歩き出した。 「ケ、ケトル様! 危険です!」  そこには、白銀の髪をした小さな人間の女の子がいた。  プルプルと震えており、木の枝を持ってこちらを威嚇している。
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