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FM
カーオーディオはラジオのFM設定になっている。つまり僕がその設定を選んだわけだ。レンタカーのナビはテレビも映るらしい。けれど、僕はあまりテレビは観ないし、僕にとっては少し騒がし過ぎてしまう。
映像があるならまだしも、バラエティ番組なんかは音声だけになると、途端に大げさなバカ笑いが鼻につく。
その点ラジオはガチャつかなくていい。
ナビゲーターの優しく語りかけてくるような声。遠く耳を傾ける。リクエスト曲はカーペンターズのデスペラード。
好きな曲ではあるけど、昼間から気分が陰鬱になる気がして、僕は運転しながら早く次の曲にいかないかなあと、ぼんやり思っていた。
「私、これ好き」
「へえ意外。もっと明るい曲が好きなのかなと思ってた」
「Cさんはどういうのを聴くの?」
「僕?」
音楽にはあまり触れてこなかったから、即答できない。
「……クラッシックかな」
いやそんなわけないな。クラッシックなんか聴いたこともないんだから。そう思い直して記憶を辿った。
「妻がなんとかっていう韓国グループの歌を聴いてたなあ」
実を言うと僕はここへきて、自分が今までどうやってあの家庭で過ごしてきたのか、どうやって生活を送ってきたのかの記憶が、曖昧になりつつあった。
なんなら結婚生活も、幸せだったような気すらしてくる。
デスペラードが終わり、カーペンターズをもう一曲。そのうちにラジオの雰囲気がからりと変わり、ナビゲーターが神妙な声色でニュースを読み上げ始めた。
『3月◯日未明、◯◯市の自宅でこの家の主婦が殺害された事件では、行方不明になっている夫がなんらかの事情を知っているとみられ、県警がその行方を追っています……』
一瞬しんと静かになった。けれど、僕は苦笑しながら声を上げた。
「こういう話って、どこにでも転がってるんだなあ」
少し明るい感じでそう言うと、Aさんは可笑しそうに人差し指を立てて、ほんとそれな! と言った。
「でもこれ、なんでバレたんだろうね」
「殺された主婦が息を吹き返して、自ら警察に通報したとか?」
「ホラーか! それかゾンビになって復活。第一発見者は通報前にやられちゃうって設定は?」
「それこそ映画かドラマだね」
「主人公が独り生き残るって? それもヤだなあ」
「Aさんは恋愛もののドラマとかは観ないの?」
そのまま話が弾んでいくので、僕はそっと手を伸ばしてラジオの音量を下げた。
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