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深度
「あのう、Cさん? まずは買い物でもします?」
Cさんはハンドルをぎゅうっと握りながら、真っ直ぐ前を見つめながら運転している。なんだかピリピリとしたド緊張みたいなものが伝わってきて、私は居たたまれなくなってしまい、そう声を掛けた。
目的の場所まではここから100キロ近くもある。100キロ⁉︎ なぜ、こんな遠いところで待ち合わせをしてしまったのだ⁉︎
こんなジメッとした空気感で100キロもイケるかなあ、私。もしかしたら途中でドロンしたくなるかも知れないな。私は後悔したけれど、電車などの公共交通機関で彼や目的地に近づくには限界があったので、仕方がない。
思い直す。Cさんは約束通り、ちゃんと水玉で来てくれたし車にも乗ってきてくれた。諸々の約束を守るあたり、私が付き合ってきたクズな男たちの中ではダントツで成績が良い。
「それともなんか食べます?」
「……ぉおなかは空いてない」
ようやく喋ったか。もごもごだな。
「じゃあ、なんか飲みます?」
そっと助手席から横顔を盗み見る。彼の唇が少し震えている。
引いた。
これは覚悟ができていないな。そう思った。
私は呆れ気味に「ちょっと落ち着きましょう。そこ入って」と言って、大通り沿いにあったホームセンターの駐車場へと促した。彼はゆっくり駐車場へと入っていき、車を白線真っ直ぐに停めた。どうやら几帳面な性格のようだ。
私は考えた。先に買い物をすれば、否応なしに現実を突きつけられるだろうから。それで意を決するか。それとも逃げ出すか。どちらなのかが早々に判断できると踏んだ。
「さあ行きますよ」
車を停めたのに全然動こうとしないCさんの腕の裾を引っ張って、つんつんする。
「ぁ、ぁあ」
入り口に向かいカゴを一つ取ろうとすると、Cさんは何も言わなかったが、すかさずカゴを持ってくれた。
なるほど既婚者はこうやって奥さんのご機嫌を取るのかと、私は口元を緩めて薄く笑いながらカートを一台、引っ張り出した。
「こっちです」
カートの中に、軍手、ライター、着火剤、下の段に寝袋二つと次々に入れていく。おっとガムテープも。最後に七輪とバーベキュー炭を購入すると、私たちは車へと戻った。
ぱっと見、防災グッズの一揃えかキャンプでBBQかに見えるだろう。フランクフルトは欠かせない! www
「あのぅ……はいこれ」
いつの間に買ったのか、Cさんはポケットからコーヒー缶を出してきた。差し出された二つの缶からカフェラテを選ぶ。Cさんはようやく正常な意識を取り戻したらしい。現実的な買い物が功を奏したのかも知れない。
「ありがとう」
助手席のドリンクホルダーに入れた。
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