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浮遊
「なに食べます?」
メニューを向こうへと向ける。
Cさんは、メニューにひと通り目を通すと、ナポリタンを注文した。鉄板に敷いた玉子焼きの上に乗ったナポリタンが、いかにも美味しそうに見える。
ファミレスによくある、クッションの硬いソファのテーブル席。最初、入ってきた時には向かい合わせの席に座ったはずだった。けれど、直ぐにも窓際へと尻をずらし、Cさんは少し斜めに座り直した。視線がかち合わない、ワンクッションある座り位置。
「……あんまり混んでないね」
「もうお昼、過ぎてますもん」
テーブルの上に置いたスマホに目をやる。もう2時近く。買い物はスムーズだったのに、途中ガソリンを入れるのに手間取った。
Cさんはいつも電車通勤で、車を持っていない。だから給油口を開けることができなかったのだ。車外に出て給油口の開け方をスマホで調べていたら、GSのスタッフがすごい勢いでやってきて、なんかお困りっスか! どうしたんスか! と私たちを威嚇しビビらせてくる。
Cさんはその勢いに押されつつ観念して「ガソリン満タンにしたいんですけど……」と言う。
「ああハイハイ了解っス」
運転席のドアを勝手に開け、足元にあるなにかをどうにかする。するとカチッと音がして、給油口の蓋が開いた。
「レギュラーでいいっスか?」
クレジットカードを受け取りながら店員が訊くと、Cさんは慌てて答えた。
「ふ、普通で」
ぶはぁっと吹きそうになった。ステーキの焼き方は? コーヒーのサイズは? ライスは大盛り? と問われて全て「普通で」と真面目に答えるCさんの姿が想像できる。
その受け答えで、Cさんは実年齢がもっと上で、果たしてもしかしたらおじいちゃんの域に片足を突っ込んでいるのかもとまで思ってしまった。
その後、31歳と聞いて恐れ慄いたことは言うまでもない。
ナポリタンが運ばれてきた。
「どこまで話したっけ?」
この言葉にまたまたCさんが面白いことを言う、と私はクスッと笑ってしまった。
「Cさんが31歳ってとこまで。それ以外なんも話してないやんけーー」とツッコミを入れる。漫才か。緩む口元を隠すように、私は水を飲んだ。
「はは……そぅだっけ……」
Cさんは釣られ笑いをしながら、両手をにぎにぎと握り込んでいる。視線はあまり動いていない。さっきから微動だにしていない。
私は半ば呆れて、頬杖をつきながら、注文したグラタンを待った。グラタンは時間がかかるので、きっと運ばれてくるのは、Cさんのナポリタンより後のはずだ。初対面からずっとおどおどしたCさんと、食べ終わるのが同じくらいになるようにと計算し尽くしたメニュー。ナイスチョイス。ナイス私。
「……えっとじゃぁ……どこから話せばいいのかな」
「どこからでも」
「どこからでもって……えっと長くなる、よ」
「まあひと通り。かいつまんでくれてもいいし。聞きますから。時間はたっぷりありますから」
「はは。たっぷり、ね」
迷いつつ探りつつ。私たちは交互に口を開き、段取りを決めた。
Cさんは深く細く長く息を吐くと、訥々と語り始めた。
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