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破壊
《 私たちは地獄と天国とを混ぜ合わせて溶かした絶妙なマーブルの液体に浸かっている》
「なんでまた浮気してんのよっ! これで何回め? 堂々としやがってムカつくな!」
私の怒声が鳴り響く。部屋の壁は薄い。が、それを気にする余裕も無かった。
彼氏のアパート。ゴミ箱の中に浮気の証拠を発見してしまったのは、おとといのことだった。
見て見ぬ振りはできない性分で、しかも泣き寝入りなんてこともしない。自分で言うのもなんだが性格はキツく、なにかにつけてよくキレていた。
「そんなことぐらいでキレんなよ」
「あんたが浮気なんかしなきゃ、怒らなくてすむっつってんの!」
「だから別れるって言ってんじゃねえか! おまえがなんだかんだとごねまくって、ズルズル別れねえから、こんなことになってんじゃねえかよ!」
怒りで我を忘れるところだった。なぜこんなにも付き合う男すべてがクズ?
二人で旅行に行きたいからって言うからお金だって渡したし(結局スロットに全部突っ込まれた)、土木作業で汚して帰ってくる作業服を、毎晩のように洗濯したりアイロンかけたりしたし、好物だっていう唐揚げだってクソほど揚げた。
けれどこいつは浮気を繰り返す。
限界だった。
「今度の相手は誰なのっ! 元カノ? それとも職場の女?」
「おまえの知らねえやつだよ」
「そんなこと訊いてるんじゃない! スマホ見せろよっ」
万年出しっ放しのコタツの上に置いてあるスマホに手を伸ばす。すると、一瞬の隙にぱっと奪われ、後ろ手に隠された。
「勝手なことすんじゃねえよ!」
「直接、浮気女に電話してやるっ。スマホ見せろって言ってんだろ!」
相手の背後へと手を伸ばす。彼氏は取り上げられまいと立ち上がり、スマホを持った手を上へ。さらに手を伸ばそうとした時、どんっと胸圧で押された。
私はよろめき、その拍子にソファに転がった。とっさに起き上がりながら叫ぶ。
「なにすんだよ! このクソヤロウっ」
側にあったクッションを掴み、思い切り投げつけた。
「クソはおまえだろ! いい加減に別れろよっ! しつこいんだよっこの粘着がっ」
「この状況で別れられるわけないでしょっっ!」
投げたクッションを投げ返してくる。野球バカが大きく振りかぶって投げたクッションは、私の顔面に見事にクリーンヒット。クッションはそのままバウンドして、コタツの上の置いてあったペアのマグカップをなぎ倒した。
去年のクリスマス。付き合って2年目の記念に買ったものだ。二つのマグカップはガシャンとすごい音をさせ、コタツテーブルの上でクルクルと回転しながらコーヒーをそこら中に撒き散らした。
記念日の意義も女としての自尊心も残りわずかであろう愛情も、その時にすべて吹っ飛んだのかも知れない。
自分が0になった瞬間だった。
「なにすんのよおぉ」
「はっ! なにがなにすんのよだ! そりゃこっちのセリフだろ、このクソ女がっ! もう俺に付きまとうんじゃねえ! 出てけよっ」
その迫力に一瞬、気圧されて後ずさった。ゴミ箱に足が当たり倒れる。その拍子に中から浮気の証拠がわんさか床の上に散らばり出た。
それを見て、なにかがぷつんと切れた。
「こ、のクソヤロウ!」
私は怒り狂って、近くにあった木製バットに手を伸ばし握り、転がったマグカップに狙いを定めて叩き割った。
「やめろ! おいっなにしてんだっ! やめろやめろおぉぉ……
叫び声は届かない。
そして棚や家電、そこにあるもの全部を、片っ端から壊して回った。
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