破壊

1/1
前へ
/16ページ
次へ

破壊

《 私たちは地獄と天国とを混ぜ合わせて溶かした絶妙なマーブルの液体に浸かっている》 「なんでまた浮気してんのよっ! これで何回め? 堂々としやがってムカつくな!」 私の怒声が鳴り響く。部屋の壁は薄い。が、それを気にする余裕も無かった。 彼氏のアパート。ゴミ箱の中に浮気の証拠を発見してしまったのは、おとといのことだった。 見て見ぬ振りはできない性分で、しかも泣き寝入りなんてこともしない。自分で言うのもなんだが性格はキツく、なにかにつけてよくキレていた。 「そんなことぐらいでキレんなよ」 「あんたが浮気なんかしなきゃ、怒らなくてすむっつってんの!」 「だから別れるって言ってんじゃねえか! おまえがなんだかんだとごねまくって、ズルズル別れねえから、こんなことになってんじゃねえかよ!」 怒りで我を忘れるところだった。なぜこんなにも付き合う男すべてがクズ? 二人で旅行に行きたいからって言うからお金だって渡したし(結局スロットに全部突っ込まれた)、土木作業で汚して帰ってくる作業服を、毎晩のように洗濯したりアイロンかけたりしたし、好物だっていう唐揚げだってクソほど揚げた。 けれどこいつは浮気を繰り返す。 限界だった。 「今度の相手は誰なのっ! 元カノ? それとも職場の女?」 「おまえの知らねえやつだよ」 「そんなこと訊いてるんじゃない! スマホ見せろよっ」 万年出しっ放しのコタツの上に置いてあるスマホに手を伸ばす。すると、一瞬の隙にぱっと奪われ、後ろ手に隠された。 「勝手なことすんじゃねえよ!」 「直接、浮気女に電話してやるっ。スマホ見せろって言ってんだろ!」 相手の背後へと手を伸ばす。彼氏は取り上げられまいと立ち上がり、スマホを持った手を上へ。さらに手を伸ばそうとした時、どんっと胸圧で押された。 私はよろめき、その拍子にソファに転がった。とっさに起き上がりながら叫ぶ。 「なにすんだよ! このクソヤロウっ」 側にあったクッションを掴み、思い切り投げつけた。 「クソはおまえだろ! いい加減に別れろよっ! しつこいんだよっこの粘着がっ」 「この(・・)状況で別れられるわけないでしょっっ!」 投げたクッションを投げ返してくる。野球バカが大きく振りかぶって投げたクッションは、私の顔面に見事にクリーンヒット。クッションはそのままバウンドして、コタツの上の置いてあったペアのマグカップをなぎ倒した。 去年のクリスマス。付き合って2年目の記念に買ったものだ。二つのマグカップはガシャンとすごい音をさせ、コタツテーブルの上でクルクルと回転しながらコーヒーをそこら中に撒き散らした。 記念日の意義も女としての自尊心も残りわずかであろう愛情も、その時にすべて吹っ飛んだのかも知れない。 自分が0(ゼロ)になった瞬間だった。 「なにすんのよおぉ」 「はっ! なにがなにすんのよだ! そりゃこっちのセリフだろ、このクソ女がっ! もう俺に付きまとうんじゃねえ! 出てけよっ」 その迫力に一瞬、気圧されて後ずさった。ゴミ箱に足が当たり倒れる。その拍子に中から浮気の証拠がわんさか床の上に散らばり出た。 それを見て、なにかがぷつんと切れた。 「こ、のクソヤロウ!」 私は怒り狂って、近くにあった木製バットに手を伸ばし握り、転がったマグカップに狙いを定めて叩き割った。 「やめろ! おいっなにしてんだっ! やめろやめろおぉぉ…… 叫び声は届かない。 そして棚や家電、そこにあるもの全部(・・・・・・・・・)を、片っ端から壊して回った。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加