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空虚
「……そ、壮絶だね」
Cさんは最初、驚いたような顔をしたり、眉をひそめたりして聞いていたけれど、次第に神妙な顔つきになり、そして最後にはほうっと嘆息の息をついた。
「自分で言うのもなんだけど完全にこれ修羅場だよね修羅場!」
「だね」
二杯目のコーヒーを喉に流し込むと、私はトイレに立った。
これでお互いに自己紹介という行為は終わった。鏡の前で手を洗う。濡れた手でストレートボブの髪を撫でると、映っている自分が別人のように見えた。
女は髪型で印象が変わるらしい。けれど、私はこのかたずっと同じ髪型だ。少し安めの美容院でカットだけをしてもらっている。
これが最後になるのだったら、前回行った時にトリートメントくらいしておけば良かったなあ。
私が席に戻ると、Cさんは少し和らいでいた。なんだかすっきりしたというような表情にも見える。
お互いに人間関係は希薄で悩みを打ち明ける相手もおらず、相談する家族もいない。それがマッチングアプリ登録への背中を押した。
二人向き合う。
鬱積したものを吐き出したのもあってか、初対面よりは印象も軽くなっていた。
「でも……本当に……これでいいんだろうか」
Cさんがそう呟くのを聞いて、溜め息をひとつ吐いた。まくれ上がっていたスカートの裾をそっと直す。
曖昧なCさんの言葉に、私は続けて言った。
「お互いにひどく不幸だったね。だからこれで良いんだよ。これから先の長い時間、ずっとずっと我慢して生きる方が辛いと思うよ」
「それもそうだね」
少しの間。息遣い。
「……生きるのってこんなに辛いものなのかな。みんなこんなに辛い思いをしながら、生きているのかな」
本音。
「……本当にそう」
二杯目に注文したコーンスープに、Cさんが口をつける。いや、そのコーンスープはもう、冷めてるでしょ。それくらい長く長く、私たちはいろんな話をしたから。
「僕たち、これからどうなるんだろう」
ぬるくなったスープなんて、もう人を温めることも癒すこともできないんだな。
スープの役割りなんて、ちまちま考えていると自分の中心が空っぽになりかねないので、私はそこで考えるのをやめた。
限界だろうか。もうそろそろ去った方が良いのかも知れない。役立たずなスープはここに置き去りにして。
私は手を伸ばした。透明な筒に立てかけてあった注文伝票を取ろうとして、Cさんに横取りされる。
「僕が払うよ」
「え、いいの? ……ありがとう」
さっきから店員に、何度もちらちらと見られている気がしている。調理場とホールを隔てる暖簾をかき分けて届く視線は、ひじょーに不快だ。
「そろそろ出よ」
「うん」
Cさんに対して感じていた苛立ちは、もう今は、蟻が一匹這い上がってくる程度のものに過ぎなくなっていた。
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