安寧

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安寧

「ねえ、欲張ってるように見えるかもだけど、もう少しだけ一緒にいたい」 私が突然そう言いだしたから、Cさんが慌ててそこら辺をきょろきょろと見回し始めた。目星をつけると、ある駐車場へと入る。 「ここなら見つからないかも」 「うん」 一見寂れていて営業しているのかわからないようなラブホだった。若いカップルなんかは絶対入らないような、私たちのようにちょっとワケありのカップルしか使わないような、そんな建て構え。一室を選んで部屋に入ると、カビ臭が少しだけ鼻についた。 「お風呂……入る?」 「うん」 バスタブにお湯を溜めている間、Cさんはうろうろとしながらテレビのリモコンや電気のスイッチなどを確認して回ったり、ベッドに座ったり立ったりを繰り返している。 ちょっと落ち着きたまえキミ! www 私はソファに座り、パンフレットやメニューを見ていた。この中だったらエビピラフかな。 お湯が溜まりどっちから入る? となった時、「Aさんから入りなよ」と言われたが丁寧にお断りする。お互い譲りあってらちがあかないので、順番をジャンケンで決めようということになった。 結局私が負け、先に入る。私が出たあとで、Cさんが入った。 私は洋服を畳んで下着のままベッドに潜り込んだ。後からCさんが布団の中へと入ってくる。隣にCさんの温もりを感じながら、私は寝しなにはよく眠った。 時折、目が覚める。その度にCさんの寝顔を見た。 Cさんは車の運転か、はたまた私の相手かに疲れたのか、ぐっすり眠っている。Cさんが大きく息を吸うたびに、布団が上下した。 生きるのは辛い。 でも死ぬのも怖いんだろうな。 堪らなくなって私はCさんの肩にそっと頭を寄せた。すると、Cさんの身体がもぞっと動き、反対側の腕が伸びてきて、頭をよしよしと撫でられた。 「もう少し寝ていようね」 髪を指で梳きながら、時々ぽんぽんとする。ゆっくりと手を滑らせていく、優しい手つき。 安堵した。心から。 少しの間、その安らぎを感じていたら、突然涙が出てきた。別に悲しくも辛くもないので、これは意思に反した涙だ。ぽろぽろと溢れてシーツに滲みをつけていく。 ああ私。ただこうして、頭を撫でてもらいたかっただけなのかもしれないなあ。 Cさんは眠そうな顔で目をつぶり、頭を撫で続けてくれている。その優しさにほっとすると、さらに心が穏やかになっていくのを感じた。欲していたものが満たされていく。 体温は液体のように人へと浸潤する。相手を思うその優しさも愛情もどうしようもできないままならなさも、その体温とともに、相手へと伝わっていくんだ。 付き合ってきた歴代の男たちは、一緒にベッドに入れば前戯も甘い言葉もなく、黙々とセックスして果てたら終わり。 こんな風に人生の(つい)において初めて、セックスなしの「満たされる」を知るとは思いもよらなかった。しかも半分はバカにしていたマッチングアプリなんかで。 そのマッチングアプリで出会ったCさんもまた、不幸な結婚生活を送ってきていて。ここに来てようやく、自分が不幸だったと気づいたわけで。 皮肉だなあ。 (離婚したいと思いながら続ける結婚生活なんて不幸も不幸、拷問か) けれど人のことは言えない。私だってずっと自分のことを、男運が悪いだけの不幸女だと思っていたのだから。 なにがいけなかったのだろう? 巡り合わせ? 運勢? ツキ? 生まれ持ったもの? 不幸体質。幸薄し。男運なし。よって金運もなし。騙されて飽きられ浮気されて捨てられる。それなのになぜ私は、こうも男に尽くしてしまうのだろうか? 恋愛対象が女だったら良かったんだろうか? いや、それは関係ない。これだけ重い女なら、性別関係なしで相手が男だろうが女だろうが尻尾を巻いて逃げ出すだろう。やはり原因は私にある。いや嘘。やっぱり浮気する男の方が悪い。 堂々巡りな思いに、本当は正解などはありはしない。 わかってる。本当はわかってるんだ。 幸せになるためには、ただただひたすらに、幸福を追求していくしかないということも。 (Cさんも私も、もっと早くに気づいていれば、こんなことにはならなかった) 考えていたら苦しくなってきて、私はそっとCさんに抱きついた。 「ん、大丈夫? 眠れない?」 温もりと優しいトーンが耳にも胸にも脳にまでも、沁み込んでくる。 「起こしてごめん」 「いいよ全然大丈夫。そうだね。まあ眠れないよね」 頭を撫でていた腕を私の背中に回し、Cさんはぎゅっと抱きしめてくれた。背中をさすって、子どもを寝かせるようにぽんぽんと何度も何度も。 「怖い?」 Cさんがそう尋ねてくる。怖くはない。けれど、私は言った。 「うん」 本当は怖くなんてない。怖いものなんてもう何もない。 「やめる?」 ここでうんと言えば、Cさんのことだからきっと引き返してくれるだろう。 けれどもう引き返すことなどできない。 これは私とCさんとの逃避行。行く末は決まっている。 「やめない」 私は心を決めた。けれど今だけと思い、Cさんに一層強く抱きついて眠った。
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