水玉

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水玉

Unhappiness 《私たちは不幸と幸福とを混ぜ合わせて溶かした絶妙なマーブルの液体に浸かっている》 「もしかして……Aさんですか?」 声を掛けられて振り返るとそこにはスーツを着た男性の姿があった。冴えない表情に、ぱっと見ではわからない、年齢不詳の男。 「えっと……『W』の?」 私はこの日、水玉のワンピースを着ていた。最近別れた彼氏との最後のデートに着ていたものだ。自分史上最悪な別れだったから、本当はこのワンピースを着るのは嫌だった。けれど、『水玉の服装で』との指定にこれしかなく、渋々袖を通したものだ。 男性の方は見たまんま。水玉のネクタイ。うん。この人で間違いない。 「そうです。初めまして。Cです」 下げる頭、頭頂部には少しの白髪。自分の外見に興味はゼロのよう。疲れた表情は、人をひどく老けさせる。左の薬指にはシルバーのリング。既婚者だということは初めからわかっていて、訳ありだということも『W』で話しをしていて知っていた。 「初めまして」 私は右手指で画面をスライドさせ、スマホの『W』マークのアプリを画面の隅へと放ると、スマホを肩に掛けていたショルダーバッグの中へと滑らせた。 マッチングアプリで話していた時とは、身に纏っている印象が違う。Cさんは『W』ではもっと気軽にお喋りを楽しんでいる様子だった。現実とSNS。その異なる世界では別人格の人もいるだろう。 初対面同士の軽い挨拶を経たというのに、こちらが困惑してしまうくらい、Cさんはまったくと言っていいほど喋らなかった。 2分待った。3月下旬と言えば花冷えの季節。ベンチで2分はいろんな意味で寒い。痺れを切らして私から話しを振った。 「車……は?」 すると慌てたようにリュック型の革製カバンからキーを取り出し、「れ、レンタカー! 向こうの駐車場に……停めて、ある」 語尾が次第にトーンダウン。初対面からこれかと先が思いやられる。会ったこと後悔してんのかな? 後悔するくらいなら、会う約束なんてしなければ良かったのにと思うと、少しイラッときた。 「じゃあ。行きましょうか」 私は立ち上がり、Cさんが指差した方向へと歩き出す。すると、その少し後ろを、Cさんはとぼとぼとついてきた。脳内にドナドナが流れてくる。売られていく子牛の悲哀を歌った歌だ。 (なんか印象が……) 『W』で話した感じでは、ぐいぐいと引っ張っていってくれるような、俺について来い! みたいな人なのかなと思っていた。 けれど、その理由は後に、ただのランナーズハイ(・・・・・・)のようなもの(・・・・・・)だったということを知る。 私はなにも考えず、ただ現実逃避がしたかっただけだから、どちらかと言えば相手にエスコートしてもらえる関係を欲していた。 「駐車場はどこですか?」 「あの角を曲がったとこ」 Cさんはきょろきょろとしつつ、弱々しく指をさす。 (あぁ私ってばほんと男運悪ぅ) イライラが募っていった。
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