平穏な日常

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日曜日の朝だからといって寝坊できるわけではない。 「ねぇねぇおきて!おきて!」 薄目を開けて私の上に乗っかる息子越しに時計を見ると7時15分。もう一度寝てみる。 「おきてよ!おーきーて!」 私はいつも通り3歳の息子に起こされた。手を引っ張られリビングに行くと妻がキッチンでいいにおいをさせていた。 「パパみて、ホットケーキだよ。」 「おーいいねー、ホットケーキだね。」 私が妻に「おはよう。」と言うと妻も「おはよう。」とパジャマ姿で答えた。 ヨシはいつの間にか自分の椅子に座っている。 「ホットケーキたべるー。」 もちろんそんな思い通りにはいかない。 次の言葉はもちろん妻、 「着替えてからです。さあ早く二人とも着替えてきて。」 「ママもパジャマだよー。」 「ママはホットケーキ作ってるの。いいから早く着替えて来なさい。」 いつも通りだ。 朝食を美味しく食べ終えると次だ。 「ねぇねぇさんぽいこーよ、さんぽ。」 「今洗濯してるでしょ。終わったら行こうね。少し遊んでて。」 渋々おもちゃ箱に向かう。 私はヨシからミキサー車のミニカーを渡されリビングの窓際の角に連れて行かれる。ヨシはショベルカーを持っている。 「こうじしまーす、ガッガッガッ、ミキサーしゃもうごいてくださーい。」 ヨシはこの何も置かれていない場所が好きなようでよくここで遊んでいる。お気に入りのタオルケットを持ってきて寝てしまう時もある。 これもいつもの日常だ。 公園に散歩に行き小鳥を見つけるといつもすぐに教えてくれる。 「あ、みてとりさん、かわいー。」 でも大きなカラスは恐いようで私の後ろに隠れる。 公園でレジャーシートを広げて妻特製の弁当を3人で食べていると人間に慣れたスズメが近づいてくる。息子が食べるおにぎりがこぼれ落ちるのを待っているようだ。息子は当然のように期待通りごはん粒を落とす。スズメは美味しそうにそれを食べる。 当然妻は見逃さない。 「わざと落としたらだめだよ。」 「でもすずめさんがおなかすいてるって。」 「じゃあ今度来るときはスズメさんのおにぎりも作ってこよっか。」 「うん!パパとつくる!」 ヨシは私の太ももをペチペチと叩く。 「えーママの方が上手だよ。」 と私が言うと、 「パパもじょうずだよ。」 と言いながらペチペチと叩く。 私はおにぎりを作った事はないので、何か勘違いしているんだろう。これも3歳あるあるだ。作ってみようか、問題なし。いつも通りだ。 帰宅してお昼寝をする。 起きた後はもちろん遊ぶ。 食べる、遊ぶ、寝る、これを繰り返す毎日。この年頃にしかできないループだ。 要所要所で駄々をこねるのは言うまでもない日常だ。 日曜日なので私とお風呂に入り、まだ濡れた髪のまま妻が作ってくれた夕食を3人で美味しく食べた。食事の時は当然色々とあるが、まあもういい、いつも通りだ。 妻はお風呂に入り、私とヨシは遊ぶ時間。 私はバスのミニカーを持たされ、ヨシは電車を持っていつもの場所に向かう。 「カンカンカンカン、でんしゃがとーります。バスはとーれません。」 しばらく遊んでいるとヨシは電車を動かしながら言った。 「ぼくおおきくなっちゃったからもうパパのかたとかあたまにのれないんだ。あれすきだったのにな。」 これもいつも通りだ。 この前も消防車に乗ったと言うから保育園の行事か何かかなと思い、よくよく聞いてみると夢の中の話しだった。 「また夢で見たの?」 反応なし。聞き流しているのか、理解できないのか、まあこれもよくあることだ。ヨシはまだ続ける。 「あれもおもしろかったね。ぼくがちょっとさむかったからかたあしをたたんでいっぽんあしでねてるとママがびっくりしてパパにでんわしてたね。あしがいっぽんないの!したにもおちてないしどうしよう、って。」 ヨシはキャッキャッ言いながら電車を振りまわし笑っている。 私は混乱した。このエピソードについてははっきりと憶えている。結婚して一緒に住み始めた頃、私が独身時代から一緒に暮らしていた文鳥の寝姿を見て、鳥に詳しくない妻が仕事中の私に緊急の電話をしてきたという笑い話しだ。 私が頭の中を整理しようとしているとヨシはまだ続けた。 「ぼくママがはじめてうちにきたときすぐにだいすきになったんだ。ママのかたのうえもあたまのうえもだいすきだったな。パパとママのてのなかで寝るのもきもちよかったな。でもおおきくなっちゃったからもうてのなかでねれないんだ。」 私と妻は息子が産まれる数年前まで一羽の文鳥と暮らしていた。妻は3年、私は11年一緒に暮らした。このリビングの角にその白文鳥のプーはいた。 私は半信半疑ながら息子に聞いてみた。 「ヨシはプーなの?」 ヨシは私をじっと見ている。何を言われているのか理解出来ないときの表情だ。 もう一度聞いてみた。 「ヨシはプーなの?」 ヨシは理解したのかニコッと笑みを浮かべ答えた。 「ヨシはヨシだよ。はいこうたい。」 私は電車を渡された。 「バスくーだーさい、バスくーだーさい。」 ヨシは両手を私の方に出している。 その時妻がお風呂から出てくるとヨシは妻の方に走っていった。 「ぎゅうにゅうのむー。」 その夜ヨシが寝た後に妻に話した。 妻は信じてくれた。そして涙を流した。 私達はプーのことが大好きだった。プーが亡くなった時は2人で泣いた。 その後はヨシがそのような事を言うことはなかった。 また日曜日が来た。 ホットケーキを食べた後、洗い物をしている妻をヨシが呼んだ。 「ねぇママー!」 ヨシの方を見ると片足で立っていた。ヨシはニコニコしている。 「ほらほら。」 妻は何かを言おうとしたが、それを飲み込み私の方を見た。 私はうなずいた。 「あれ?足が一本になっちゃった。どうしよう。ねぇどうしよう。」 妻がびっくりしたふりをしてそう言い私の方を見ると、 「じゃーん、ありましたー。」 ヨシはとても嬉しそうに笑った。 何回もそれを繰り返して楽しそうにしている。妻は目に涙を浮かべている。 「ねぇパパおもしろいね、ママびっくりしちゃってるね。」 「そうだね、おもしろいね。じゃあそろそろ散歩行こうか。」 「いくいくー。」 外に出て私の少し前を妻とヨシが手をつないで歌を歌いながら歩いていた。 一通り歌が終わったところでヨシが私の方を振り向きそばまで来て両手を差し出した。 「まだ疲れてないでしょ、抱っこはだめだよ。」 と私が言うと、ヨシは違う違うと手を振ってまた両手を差し出した。 「かたぐるまー。」 私はせがまれるままはじめての肩車をした。 「ヨシこれだいすきなんだー。」
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