第一話

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美術品のような男の背後にある風景は 灰色の商店街から 薄紅色に色付く蕾を飾った並木道に変わっていく。 そしてその道の先に重厚感のある門が現れた。 門の両脇には巨大な岩があり 「ASKA PHARMA(アスカファルマ)」と掘られている。 ASKA PHARMAは 主にオメガの発情期(ヒート)の抑制剤や 緊急避妊ピルなどの医薬品を 製造及び販売している大手製薬会社だ。 他にも数々の病の治療薬や予防薬、 ワクチンなども研究、開発している。 飛鳥一族が創立し経営する財閥企業で 海外にも幾つもの拠点を持っている。 3年前には 世界で初めて アルファの突発的な発情期、通称ラット、のための 抑制剤の開発にも成功するなど、 世界にその名を知らしめ、 今や日本を代表するグローバル企業の一つになった。 そんな巨大な組織で、 龍牙は社長である父の肩腕として 若干29歳で「専務取締役」という重役を担っている。 もちろん『飛鳥一族』なことが この人事には 大きく影響しているが、龍牙の能力自体もまた その位置を裏づけるものだった。 数字としてちゃんと見える結果として、 龍牙が会社の経営に加わった3年で、 ASKA PHARMAの収益はなんと2倍にも膨らんだ。 専務取締役を任された当初は まだ龍牙も二十六歳で、 いくら社長子息と言っても、 若過ぎる役員に困惑する社員も多かった。 その上、ラットの抑制剤の開発のための 大幅な設備投資や 海外のあらゆるバイオベンチャーの買収など、 ほぼ独断で大胆な改革を決断し、 そのギャンブルのような 金の使い方に 他の保守的な役員からは批判の声もあがった。 しかし、 龍牙の先を見通す力は本物で、 疑う余地もなくなるほどに、 結果は早い段階でついてきた。 そのため今では社員のほとんどが、 龍牙を次期社長として ふさわしいと考えている。
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