第一話

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第一話

秘書の朝は忙しない。 6時20分に起床した楓はまず 昨日自分の代理を務めた羽田から 送られてきていた報告書をスマホで読む。 その後、 昨日の情事も残る欲望の香りも 全て流し落とすように 入念にシャワーで体を洗い 身なりを整える。 スーツは、 楓が秘書をしている専務の龍牙が 毎シーズン揃えてくれる 5着ほどのスーツの中から選ぶ。 自分の秘書の身なりは 自身の身なり同然だと言い、 全て龍牙と同じテイラーで オーダーメイドされたものだ。 今日選んだのはネイビーの無地のスーツ。 それに真っ白なワイシャツと淡いブルーのネクタイを合わせた。 あくまでも自分は秘書という立場なので、 どんなに素敵なスーツでも、 なるべく目立たぬような地味なコーデを心がけている。 着替えとヘアセットが終わると、 一日中食事をしていなかった胃が 驚かぬよう軽くバナナとゼリーを食べながら、 今日の予定を確認した。 その後はテレビやニュースサイトなどで 株や為替の動きを見ながら時事情報を頭に入れる。 そうして7時20分になると楓は、 龍牙専用の黒い高級車が待つ マンションの地下駐車場に向かった。 7時半には龍牙がその場所に来るからだ。 専務付き秘書は 緊急時に備え 必ず専務と 同じマンションに住まなくてはならないという 特別な条件が雇用契約には含まれ、 楓と龍牙は同じ高層マンションに住んでいる。 飛鳥財閥御曹司で ASKA PHARMAの重役につく龍牙の住居は 最上階の20階にある4LDKのペントハウスで、 その秘書である楓の部屋は3階にある1LDKと かなりの差はあるが、 立地も最高の高級マンション・・・ 普通に住んだら楓の部屋でも 家賃は月20万円ほどするであろう。 そんな部屋を 会社に借り上げてもらい住めることは 楓にとっては とてもありがたいことだった。 このような贅沢すぎるくらいの環境に 秘書になりもう3年経つが、 元々裕福ではない楓にとっては 未だ慣れることはなかった。 地下駐車場には 既に黒い高級車が停まっていて 楓は専属運転手の越野に挨拶をすると、 今日の車の使用予定などを確認した。 そうしていると龍牙はいつもと変わらず 時間通りに降りてきた。 「おはようございます」 楓が頭を下げて挨拶をすると、 「ああ」 と、龍牙は昨日のことなど無かったように振る舞う。 楓も特に触れることはない。
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