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ーーーそして今日に至る。
集合場所にはいかにもな怪しいやつ…ではなく、今時のギャル。こちらの姿を一瞥するや否や、くたくたになったバッグから新幹線の片道チケットを取り出し、「ん」と押し付けたと思ったらスマホをいじりながら去っていった。
チケットに記載されている列車の指定席に腰をかけ駅のホームを眺める。
ここから離れたら地獄のような天国が待っている、らしい。
それは今の生活よりもいい暮らしなのか悪い暮らしなのかはよくわからないが、今までとは異なることは確かだろう。そもそも無事に帰ってこれるかもわからない。でももう気にすることはない。自分に何があっても悲しんでくれる人はもう別の人のものになったんだから。
到着まで特にすることもないので、一寝入りしようと姿勢を整えたところで隣の席に誰かが座った。周りに空席はたくさんあるのに不思議に思った瞬間、窓からバン!と大きな音がし、見ると付き合っていた彼が肩で息をしながらこちらを見ていた。
「健司!今すぐ降りろ!」
頭が追い付かず茫然としていると、彼が続けて叫ぶ。
「ユミにはめられた!目的はわからないが、狙いはお前だったらしい。降りろ!戻ってこい!」
ユミとは確か、彼の新しい恋人だ。それが何故自分を?そしてなぜここにいるのがわかったのか、わからないことだらけだったが、急に身の危険を感じ荷物を持って降りようとした瞬間、肩をつかまれた。先ほど隣に座った人だ。
「もう発車しますよ?危ないから座りましょ」
瞳がサングラスで隠れており表情がいまいち読み取れない。しかし口元はあがっており、笑ってはいるようだ。肩を掴む手に力がどんどん入ってくる。
「ユミ…そいつをどこに連れてくつもりだ?」
「地獄のような天国ですよ」
彼が隣の人をユミと呼んだ。
自分と体格差があるから肩の手も振り払えるはずなのだが、ユミらしき人の不思議なオーラがそうさせてくれない。払った瞬間腹を刺してきそうな雰囲気さえある。
<プルルルル…プシュー>
何一つ状況を理解できないまま無情にも扉が閉まってしまった。
最後にみた元恋人の表情は焦りや怒りや絶望が入り混じっていて、3年も付き合ったのに初めて見た、と少し懐かしく胸が痛んだ。
ガタンという音と共に列車が走り出した。
天国行きなのか地獄行きなのか、恐らく地獄寄りであることを察知した私は身動きがとれず、手に滲んだ汗を握ることしか出来なかった。
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