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幽霊ホテルと噂される洋館の朝は、焼きたてのパンの匂いから始まった。
その匂いは、もう駄目だと懇願しているのに、二回戦目に突入しようかとしていた凌生を諦めさせた救世主でもある。
オーナーの奥さんが、四時起きで朝食の準備を始めてくれたおかげであった。
朝食の時間となり、集まった食堂には、何種類もの焼きたてのパンが、バスケットにたくさん積まれていた。
朝はバイキング形式だ。都子はぼーっとしながら、トレーにコンソメスープやスクランブルエッグを載せた。
「おはようございまーす。って、都子さん酷い顔ですよ。もしかして一晩中起きてたんですか?」
話しかけてきた島崎は元気そうだった。
「なんか寝れなくて」
本当は凌生のせいであったが、適当に答えておく。
「昨夜は風も強かったし、怖かったですもんねー。わたしなんか、四人部屋に一人が耐えられなくて、友坂さんにお願いして、一緒にいてもらったんですよー」
「はぇ……?」
もう友坂をものにしたのかと、都子は目を丸くする。我が社の王子。みんながうらやむイケメンを、僅か一夜で?
バイタリティの高さに舌を巻いていると、聞いてもいないのに島崎は照れて言い訳をしてきた。
「あ、やだなぁ。都子先輩、なんか誤解してます?わたしたちがいたのは食堂ですからね?
友坂さんったら、部屋だと緊張しちゃうから、一緒に食堂に居ようって誘ってくれたんですよ。モテるから、女の扱いに慣れてそうなのに、けっこう奥手なところもいいですよねぇ」
肌をつやつやとさせ、きゃはっと喜ぶ島崎を前に、都子は顔を青くした。イケメン友坂と一緒だったことも羨ましくてしかたがないが、今、気にするべきはそれではない、
「え、食堂に、いたの? 朝までずっと?」
食堂は、都子と凌生の部屋の真下である。
「朝までっていうか、オーナーの奥様が朝食の準備を始めるまでですよ。あ、もしかして、都子先輩もあれ聴いたんですか?! それで眠れなかったんですね?」
「え、あ……」
「すごい微かになんですけど、女の人のうめき声しましたよね?! もうわたしめちゃくちゃ怖くて。録画データを朝確認したんですけど、音声残って無かったんですよー。友坂さんも聴いてるんです。これで承認が三人になったわ!」
島崎が興奮して昨夜の出来事を伝えていると、離れた席で新聞を読んでいた凌生が、ぶふぉっと噴き出した。
「編集長ー? どうしたんです?」
「いや、あは、あはは、面白い記事がね、ふくくくくくく。あっはっはっはっ」
椅子を転げ落ちそうになりながら、お腹を抱えて涙ぐむ凌生を、都子は真っ赤な顔でぎろりと睨んだ。
「えー経済新聞に、そんな面白い記事ありますぅ?」
みんながどうしたんだと目を丸くする中、凌生は随分と長いこと笑っていた。
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