黄昏の魔導士

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「ところであなた、ぶしつけなことを聞くようだけれど」  エリシテルは、突如吹き始めた強風の中でも良く通る声で言った。 「一生独身を通すつもりなの?」 「何言ってるんですか!」ミハは思わず叫んだ。「こんなときに……だいたい、私もう三十六ですよ?」 「あらあら、まだ全然若いじゃないの」  エリシテルが杖の先を回すと、雲の渦の中に青白い光が閃き始めた。 「これは老人のたわごとだと思って聞いて欲しいんですけどね。子どもたちはいずれ一人立ちするでしょう? 老後に一人って、寂しいものよ。わたくしの弟子には独身者が多いの。もしよければ、紹介しようかと……」 「結構です!」  ミハは強風に負けないよう声を張り上げた。そもそも結婚願望が無いというのに、相手が魔導士だなんて冗談ではない。警ら隊にいた時分から、魔導士の変人エピソードは耳にタコができるほど聞いてきた。エリシテルの言動も、その印象を覆すどころか強化している。というか、そんな話をしている場合か! 「まあ、ちょっと考えてみてちょうだい」  エリシテルは、微笑むと杖から手を離した。支えを失ったにもかかわらず、杖はまっすぐに立ち続けている。空いた両手を空にかかげ、エリシテルは朗々と唱えた。 『なんじ、我と契約せし精霊よ……  エリシテル・ウセルの名において  かざせ軍神の号笛(ごうてき)  かかれ審判のいかずち!』  とたんに大気を引き裂くような雷鳴が轟き、雲の合間から無数の雷が降り注いだ。雷光が輝く鞭となって瘴気を切り裂き、怪物どもを容赦なく薙ぎ払っていく。その様子を、ミハは呆然と見つめていた。優れた魔導士は天候すら操る。噂に聞いたことはあったものの、実際に目にするまでは信じられなかった。  しばらくして雷が止むと、雲の隙間から日の光が差し込み始めた。再び太陽に照らされた湿地に、霧のような雨が降っている。瘴気の塊はまだそこかしこに残っているが、瘴気が晴れた場所では、魔族の死骸が重なり合って浮いていた。 「だいぶ払えたようね」  エリシテルは再び遠見の術を使って戦線を確かめると、ミハの方に向き直った。 「もう少し払ったら、今日は一旦帰りましょう。ここで一晩過ごしたら風邪をひいてしまうわ」
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