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「……探しましたよ、師匠」
影の最も暗いところから、男が姿を現した。都会的な服装の美男子だった。
「アズモント・アバウス。わたくしの弟子よ」
紹介を受けたアズモントは、優雅なお辞儀をした。
「以後お見知りおきを。うちの師匠を面倒見てくださってありがとうございます」
「あなた、今ので魔族をほとんど片付けてしまったみたいね。美味しいところを持っていくのが上手いわ」
「師匠が奴らを一か所に集めておいてくれましたからね」
アズモントは言い返し、ミハに笑いかけた。ミハは戸惑った。警ら隊時代にはむくつけきヒゲ面の男たちに囲まれ、孤児院ではヒゲの生え揃わない少年たちに囲まれてやってきた。だが同世代でヒゲを生やさない男の考えることなど、見当もつかない。
とりあえずミハはアズモントを食堂に通し、夕食の残りでもてなした。子どもたちも詰めかけ、興味深々といった様子で男を見つめている。
粗末な食事は口に合わないかと思いきや、アズモントは舌鼓をうって平らげた。
「助かった。朝から何も食べてないのでね」
「朝から?」
「今朝、急に師匠の魔力が探知できるようになったんだ。みんな大騒ぎですよ。誰か迎えに行かなきゃってことで、僕が急きょ王都を出てきたわけ」
ミハは、エリシテルが魔力封じの腕輪を外したことを思い出した。あの道具は、魔導士の探知を避けることにも使えるのか……。
「エリーさん、かえっちゃうの?」
二人の会話に、ユイが口を挟んだ。皆の視線がエリシテルに集まる。エリシテルは小首を傾げた。
「そうね。居場所がばれてしまっては、ここにはいられないわね」
「えーっ。やだあ」
「ずっとここにいればいいのに」
小さな子どもたちが言いつのるのを聞いて、エリシテルは少し目をみはったあと、微笑んだ。頼りない、困ったような笑みだった。
それを見たミハの口から、自然に言葉がこぼれた。
「エリシテルさま、帰りたくないなら、ここにいてもらっていいんですよ」
「おいおい」
慌てるアズモントに、ミハは我ながら冷たい口調で言った。
「今日はお疲れでしょう。エリシテルさまも、あなたも。寝所を用意しますので、お休みになってください」
「イシク兄ちゃんの寝台が空いてるよ!」
ヤンのひと声で、アズモントは男子部屋に連行されて行った。
ミハは、エリーが体を清めている間に布団を整え、寝台の足元に湯たんぽを入れた。
「あらあら、至れり尽くせりね」
寝巻きに着替えたエリーはそう言って布団に潜り込んだ。ランプの灯に照らされた彼女の顔に、しわの一つ一つが濃い影を作っている。朝の若々しい様子とは対照的だ。ミハは、湯を張ったたらいを持って立ち上がった。
「では、私はこれで。……今日は、本当にありがとうございました」
「国を守るのが、わたくしの仕事ですもの。あなたこそ、よく頑張ってくれましたね。早くお休みなさい」
「ええ、そうします」
ミハは目をつぶる老女を見つめた。エリシテルがいなければ、今ごろここに子どもたちはいなかっただろう。そして自分は、無残で孤独な最期を迎えていたはずだ。
「エリシテルさま……おやすみなさい」
「おやすみなさい、ミハさん」
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