黄昏の魔導士

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 翌朝、エリシテルはなかなか寝室から出てこなかった。 「まだうとうとしてる。お疲れみたい」  様子を見に行ったナナにそう報告され、ミハはうなずいた。 「あれだけ働かれたのだから無理もない。とりあえず湿地の様子を見てくるよ」 「僕も行こう」  アズモントが声を上げた。皆に混ざって朝食を食べている。ミハの警戒をよそに、彼は子どもたちにすっかり溶け込んでいた。 「それは……」 「着いて行ってもらった方がいいよ、まだ危険だもの!」  キヤが言い、ヤンとナナも揃ってうなずいた。結局、ミハは食事を終えたアズモントと二人で孤児院を出発した。さすがに自力で歩きはするが、彼も山には慣れていないらしい。木の根に蹴つまづくアズモントを横目に、ミハはずんずん進んだ。 「どうやら、魔族は撤退したらしいですね」  稜線にたどり着くと、ミハは湿地を隅々まで確認した。湿地はあちこちで地表がえぐれ、焦げて変色している一帯もある。だが瘴気の曇りはすっかり拭われていた。 「ああ……ここはもう、大丈夫、だろう」  山道で消耗しつくしたアズモントは、手近な木の幹によりかかって息を整えている。疲れ果てた男の様子を見て、ミハはふと気づいた。 「そういえばあなた、孤児院まではどうやって来たんです?」 「え、何?」 「昨日の朝、出発したと言いましたよね。王都からここまで、馬でももっとかかるはず」  ようやく身を起こしたアズモントは、額にかかる髪を払いながら言った。 「ああ、『縮地の術』を使ったからね。いわゆる転移の魔法」 「転移……! そんなこと、本当にできるのか」 「できる者は限られるし、準備にも半日くらいはかかるけどね」  ミハは、以前抱いていた疑問を思い出した。エリシテルが『姥捨山』までどうやって連れてこられたのか。馬車を使った形跡は見当たらなかった……だが、魔法を使えば可能なのだ。  まさか、この男がエリシテルを追放した? ミハは目の前の魔導士を見た。それなら迎えに来るのはおかしいのでは? だが腕輪のせいで、エリシテルの生死は不明になっていたという。陰謀が成功したかわからずにやきもきしていたところ、彼女の無事が判明して、それで……  ミハはかぶりを振った。もう何もわからない。きびすを返すと、山を下り始めた。 「えっ、ちょっと?」  アズモントの声が追ってくるが、それを振り切るように足を早める。  今度こそ、エリシテル自身に確かめなければ。
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