黄昏の魔導士

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「ミハ姉、エリーさんが呼んでる」  孤児院に戻ると、ナナが駆け寄ってきた。表情がこわばっている。 「エリシテルさまが? 何かあった?」 「よくわからないんだけど……あの方、以前の状態に戻ってきているみたい」  ミハは今来た道を振り返った。アズモントの姿はまだ見えない。復調が突然なら、悪化するのも突然すぎる。まさかあの男が、昨夜のうちに何かしたのだろうか?  ミハは早足でエリシテルの寝室に向かった。 「エリシテルさま、ミハです。ただいま戻りました」 「……お入り」  応える声は、どこかうつろだった。ミハが部屋の中に入ると、エリシテルはまだ寝台の上にいた。ナナが世話してくれたのだろう、背中にクッションをあてて座り姿勢になっている。そばのテーブルに、手のつけられていない朝食が載っていた。 「エリシテルさま、どうされました?」  ミハは寝台の脇に膝をついた。具合が悪化していることは、彼女の瞳を覗き込んだだけで明らかだった。昨日は活力が絶え間なくあふれ出ていた双眸に、再びがかかり始めている。  一度、良いときを知ってしまった後の喪失感は大きかった。それはすぐに、怒りに変わった。 「……あの男が、やったんですか?」 「あの男?」 「アズモント・アバウスです。あいつがあなたに呪いをかけているのですか。あなたを追い詰めるために」 「まあ……」 「だって、おかしいじゃないですか! 昨日はあれだけお元気だったのに。突然こんな風になるなんて、こんな……」 「こんな、ボケ老人に?」  乱暴な物言いにミハは言葉を失った。それを見て、エリシテルは笑い出した。笑うことで彼女は一時的に気力を取り戻したようだった。 「どうやら誤解があったようね」  目の端にたまった涙を指で拭い、エリシテルはミハに向き直った。 「確かにアズモントはおかしな子だけれど、わたくしを追い詰めたりなんてしないわ。むしろ、逆なの」 「逆?」 「わたくしが逃げ出したのよ。自分の責務と……『黄昏の病』から」  そう言う顔は、もはや笑っていなかった。
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