黄昏の魔導士

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 ミハが子どもたちと山菜取りから帰って来ると、アズモントがキヤと立ち話をしていた。 「また来たんですか」  ミハの呆れ声に振り返ると、アズモントは無駄に美しい顔に笑みを浮かべた。 「師匠のご機嫌伺いにね」 「あなた、王国の筆頭魔導士になったんですよね。こんなに頻繁に抜け出して、国の守りは大丈夫なんですか?」 「それはもちろん……」 「アズ兄ちゃん! 早く勉強見てくれよ!」  駆け寄ってきたヤンが、アズモントを引きずって行った。来年、薬師学校の試験を受けることになったヤンは受験勉強の真っただ中だ。立ち去る二人を見送りながら、ミハはため息をついた。 「何を考えているんだか。だいたい、エリーさんともそんなに話せるわけじゃないのに」 「エリーさん以外にも、話したい人がいるのかもね」  猟師として頭角を表し始めたキヤは、最近ぐっと大人びて見える。ミハはぎょっとした。 「まさかあんた、あの男と?」 「やだ、やめてよ! あんなオッサン!」 「じゃあナナ目当て? あの子とイシクが婚約したの、伝えてなかったっけ?」  目を白黒させるミハを見て、始め笑顔を浮かべていたキヤは首を振り、歩いていってしまった。  取り残されたミハは、広場に座っているエリーに気づいた。天気の良い日は、外にソファを出して空を見るのが日課になっている。そばにはユイが寄り添っていた。 「ミハ姉、お帰りなさい」  近ごろ、ユイはエリーの世話を焼くようになった。新しく引き取られる子どもがいないため、兄姉からの恩をエリーに返すことにしたらしい。エリーの意識は混濁し、ときには手に負えないほど荒れることもある。だが二人は、ケンカしつつも仲良くやっているようだった。 「ただいま、ユイ。エリーさんも、ただいま」  エリーは、どこか遠くを見つめながら、口のなかで何かむにゃむにゃとつぶやいた。今日は機嫌が良い日のようだ。ミハは、エリーの隣に腰を下ろして空を見上げた。 「ユイ、しばらく私が付いているよ」 「うん。ありがとう!」  駆け去っていくユイを見て、子どもの成長はなんて早いのだろうとミハは思った。魔族との戦いの中、エリーが言ったことをふと思い出す。 ――老後に一人って、寂しいものよ。 「エリーさん。私は、ずっと一緒にいますからね」 「……エマかい?」 「いいえ、ミハですよ。でも、私をあなたの娘だと思ってください。風が気持ちいいですね」  いつの間にか、辺りは柔らかい夕方の日差しに包まれていた。姥捨山の山頂付近に、星が一つ輝いている。もう間もなく山の端に沈んでしまう星だが、今このときは、ひときわ明るく美しかった。  ひと仕事終えたらしいアズモントが、ニコニコしながらこちらに向かってくる。その姿が邪険にされても追いすがってくる犬のようで、ミハは思わず笑ってしまった。 「……」  エリーは夕焼けの空に向かい、まぶしそうに目を細めた。  エリーは数年後に亡くなった。  ミハと子どもたちは彼女を最後まで敬い、愛した。
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