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しばらくすると、老女は孤児院の内外を好き勝手にうろついて、ミハや子どもたちのやる事なす事に首を突っ込むようになった。ミハも、山に迷い込むといった危険な行為でない限りは、老女の好きにさせることにした。
「奥さまって凄く教養があるのね。お元気なときは、本をすらすら読まれるのよ。声も出さずに! 計算もとても早いし」
ナナが頬を紅潮させて言った。
「洗濯物を干してたら、奥さまに通り雨が来るから少し待てって言われたよ。そしたら、本当に降ったんだ!」
ヤンが興奮気味に報告した。
「おくさまがヘビよけのおまじないをおしえてくれたの! でもユイとおくさまだけのひみつなの!」
ユイが嬉しそうに披露した。
またあるときは、山回りで採ってきた山菜の仕分けに老女が顔を出した。
「おや、カミヒトエソウが混じっているわね。これは特殊な方法で煎じて飲むと頭が明晰になる。けれど飲みすぎると笑いが止まらなくなります。試してみる?」
「それヤバいやつですよね。やめてください」
ミハがにらむと、老女は澄まし顔で子どもたちと話し始めた。まくった袖から、奇妙な腕輪がのぞいている。ナナが気にしていたその腕輪は螺旋形のデザインで、まるでヘビのように老女の左手首に巻きついていた。血の巡りが悪くなるのではと何度か忠告したが、老女は全く耳を貸さなかった。
薬草の葉をむしり取りながら、ミハはあらためて腕輪を観察した。黄色っぽい金属のような素材だ。鈍い光沢があり、表面には細かい文様がびっしりと刻み込まれている。
どこかで見たことがある……ミハはふと思った。最近ではない。ずっと前のことだ。たぶん、王都に住んでいたころ……
「あら、エイミンダケが混じっているわね。これは日干しして濃縮したものを飲むと不眠に効く。けれど飲みすぎると二度と目覚めなくなります。試してみる?」
「やめてください。そのキノコ、ほんとに混じってました?」
老女は薬草(というか毒草)に詳しいようだった。彼女に滅多なことをさせないよう、ミハはふと浮かんだ思いつきをいったん頭の隅にしまい込んだ。
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