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「あのさー、私が指示したこととやってることが違うんだけど」
ディスプレイされた商品を指差しながら、私は自分とさして年齢の変わらない女の子に向かってそう言い放った。四年間の経験が買われてか、私はアルバイトという身分ながらも、多少の地位を手に入れていた。
目の前の多崎紗奈といういかにも温室育ちと見える彼女は目尻にうっすらと涙を浮かべながら、弱々しく私を見上げる。
華奢で色白で、背の低い彼女は、少し骨太が悩みである私よりもこのブランドの服をよく着こなしている。それは、私にとっては腹ただしい以外の何物でもなかった。
「すみません」
多崎紗奈はそう言って、素直に片付けをし始める。そして、取ったメモを見返して、指差し確認をしながら、再び作業を始める。
こんなこともメモを見ながらでなければできないのか。彼女に対しての負の感情が心の底で渦巻く。
今日の私はいつもに増して気が短くて、刺々しいことが自分でもよくわかっていた。それでもその衝動を止めることはできなかった。だから、自分より立場の、気の弱い彼女に八つ当たりに近い行動を取った。
それもこれも全て、今朝の出来事のせいだった。
私は大学時代から付き合っている恋人、谷口稔と半同棲をしている。実家暮らしという体ではあるが、私は実家には一週間に一度くらいしか帰ることはない。私は、付き合う前に身体の関係を持ち、そのまま稔のアパートに居座るようになった。稔も特にそのことを不自然に思っている様子もなかった。彼も彼で頭の軽い側の人間だったから。
それなのに、それなのにだ。
私が朝起きて歯磨きをしていると、似合わないスーツに身を包んだ稔がネクタイを締めながらこう言った。
「ここに住み続ける予定なら、少しでいいから金、入れてくれないか」
あえて淡々とした口調で言ったのが分かる言葉のイントネーションだった。稔は怒ったときや、私に呆れたときによくこういった口調になる。私はそれをよく知っていた。
「なんで?」
「なんでって……。ここに住む以上生活費はかかるもんだろ。食費だって、水道、光熱費だって、それに家賃も」
思い返すと、私が稔にそういった日々でかかるであろう金銭を渡したことはなかった。誕生日に奮発してブランド物の財布を買ってあげたり、食事をご馳走したりしたことはあったものの、日々の生活にかかる費用のことなど考えたこともなかった。
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