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稔とは相変わらずの冷戦状態が続いていた。そもそも稔が家にいる時間が減り、いたとしても会話はほとんどなかった。ご飯も別々だったし、稔はリビングにあるソファベッドで睡眠を取る生活が続いていた。
「ねえ」
私は堪えきれず稔にそう話しかける。
「何」
稔からそっけない返事が返って来る。彼はスマホゲームをしていて、私は化粧を落としている時のことだった。
「私達って付き合ってる意味あるのかな?」
その日は仕事でクレーマーの年配の女性の対応をして心身ともに疲れ切っていて、正直気が立っていたのもあると思う。それでも、積もりに積もった不信感に私は堪えきれなくなったのだ。スマホをテーブルの上に置き、稔は私を見る。いつになく真面目な顔だった。初めて見る稔の顔だった。約三年の付き合いで私達はお互いの何を見てきたというのだろう。
「別れて欲しい」
稔は久しぶりに私をまっすぐに見据えてそう言った。
「なんで?」
この前の話については私は意地でも稔の提案を受け入れるつもりはなかった。大学時代はお互い頭の軽かった私達も社会に出た訳だけれど、アルバイトの私と、就職活動を経て正社員として働いている稔との経済的格差は想像に難くない。それなのに、稔は自分の家の生活費を私にも払えと言っているのだ。
私は何も悪くない。
「好きな人ができたんだ。しばらく麗花との生活も考えたけど、やっぱり俺は彼女の方が好きなんだ」
頭に血が上って、はらわたが煮え繰り返りそうだった。稔は私を振って、新しい女とここで新しい生活を始めたいと思っているのだ。だから、ここから私を追い出したいと言っている。
「じゃあ、分かったよ。出て行くよ。何かあっても復縁はしないからね」
私はそう言って稔の顔を睨みつける。ここで稔に泣きつくようなことをしたら、自分の負けだと思った。私には稔などよりずっといい男がいる。化粧を半分だけ落としていて、側からみればそれはさぞかし滑稽な状態だったのだろうけれど、私達は大真面目だった。
それから、今週中には少しずつ荷物を運び、私は稔の部屋を出ることに決めた。
幸い私には実家という帰る場所があった。なんだかんだ甘い両親は私が家にいるようになったら喜ぶだろう。
稔から別れを切り出されたとき、神崎のはにかんだ顔が頭に思い浮かんだ。
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