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裏切り者
橘勇人がサッカー部をやめた。
そのニュースはサッカー部のレギュラーメンバーが発表された次の日だったこともあり、あっという間に広まった。
「聞いたか?」
「信じられないよ」
「いや、オレは嘘だと思うね」
「嘘じゃなきゃ、困るだろ!」
「そうだよ、勇人がいなきゃ無理だよ」
……そう口先では言いながら、みんな胸の中で計算している。
レギュラーの席がひとつ、空いた。
繰り上がるのは、誰だ?
ざわついた心は膨れあがってどうにもならない。
みんな、自分の感情を持て余している。
わからなくなっている。
アンラッキーとラッキーが同時にやって来たんだ。
そりゃあ混乱するさ。
だからとっても簡単に、その気持ちにケリをつけることにした。
勇人は裏切り者。
暗黙のうちにその烙印を押すことで、楽になる。
だってそうだろ?
勇人が急にやめたりしなきゃ、こんな気持ちを抱えなくても済んだのだから。
もしも試合に勝てば「おまえなんかいなくても、オレ達は十分やっていけるんだ」とあざ笑い蔑むだろう。
試合に負けたら「おまえのせいだ。おまえが急に抜けたからチームはガタガタになっちまったんだからな」と恨むだろう。
「裏切り者」
「一言の相談もなく、いきなりやめるなんてバカにしてるぜ」
「ごめんで済むと思ってるのかよ」
勇人とすれ違うたび、聞こえるように口々に言う。
わざと顔を背けて、聞こえるような声で。
いいのかよ、勇人。
いつだって先頭でボールを蹴っていたじゃないか。
チビは不利だと悔し涙を流していた小学生時代も、キャプテンに抜擢されて悩みまくっていた中学校時代も、僕は知っている。
そんなおまえが突然、サッカーをやめるなんて。
納得できるわけがない。
だから余計に腹が立つ。
裏切られた気持ちになるのも当然だ。
理由を聞いて唖然としたね。
「勉強に専念したいから」
そんな理由じゃ、僕だって庇えない。
どちらかといえば、みんなと同じ気持ちだ。
いや、違うな。
みんなと同じなんかじゃない。
きっと僕が一番、勇人のことを裏切り者だと思っている。
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