1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
そうだ。
僕は誰よりも勇人を憎んでいる。
誰よりも速く走る勇人。
ゴールを決める勇人。
当たり前のようにレギュラーメンバーに選ばれていた勇人。
ハイタッチしている時の輝くような笑顔も、失敗した時に悔しそうに顔を歪めて頭を抱える癖も、全部全部、憎かった。
いいよな、お前は全力でボールに向かえて。
僕はもう、素直にボールに向き合えない。
努力しても無駄だ。
そう悟って、やめるまでどんなに苦しかったことか。
なのに、勇人はあっさり全部を手放すと言う。
僕はあんなに苦しんだのに、軽々と。
彼の人生だ。
彼の問題だ。
わかっている。
それでも、僕は言わずにいられない。
「勇人って、そういうやつだったんだ」
「ちょっと、がっかりだよな」
「みんな必死で練習してるのに酷くないか?」
わざとサッカー部のやつに話しかけては、くすぶりかけた怒りに炎を放つ。
勇人がボールを蹴るのを止めて余った時間で街へ繰り出したり、憂いた顔で学校を休みがちだったりしたら、僕だって勇人の「ワケアリ」の理由を探したり、気の毒に思ったかもしれない。
でも、勇人はあまりに普通だった。
今まで通り、毎日元気に学校へ来て授業を受け、以前のように宿題を忘れるようなこともなく、図書館で勉強をしている姿まで見かけた。
なんだよ。
みんなの心を乱しておいて、そりゃないだろ。
本を広げ、熱心に問題を解いている姿に猛烈に怒りがわいてきた。
もう、耐えられない。
密やかな囁きと、本の匂い。
静かな図書館はお前に似合わない。
「勇人」
首をひねるようにして見上げる顔をつくづくと見る。
こいつ、こんな顔をしてたっけ。
思ってから気付く。
そういえば、あの時から、僕達はまともに話したことがなかったんだっけ。
「翔」
少し驚いたように僕を見つめ、ゆっくり瞬きをした。
「何だよ」
「何だよ、じゃねーよ」
押し殺したつもりが、案外大きな声になった。
「外へ行こう」
机に出していたものをかき集めて鞄に押し込むと、勇人は立ち上がった。
「別に、話すことなんてないんだけど」
「うん」
大股で歩く背中を追いながら文句を言う。
「サッカーをやめるのも、勇人の勝手だ」
「うん」
「だけど、納得できないよ」
「うん」
前を行く肩を掴む。
「なんで、うん、しか言わないんだよ! そりゃ、僕に説明する必要も、理由もないだろうけど、ないと思うけど」
前を歩く白いシャツの背中が滲んで見えた。
胸の真ん中が酷く熱い。
声が震える。
「悔しいんだよ。許せないんだよ。お前はサッカー、うまいのに、誰よりも好きなくせに、ふざけんなよ」
ずっと言わずにいた。
言ってはいけないと思っていた。
言ってもどうにもならないことだ。
「僕はもう、できなくなったけど、おまえはサッカーができるんだから」
そのことがどんなに羨ましかったか。
「ごめん」
「謝ってほしいわけじゃない」
「オレ、あの日からずっとどうしたらいいかわからなくて。いくら考えてもわからなくてさ……」
あの日、がどの日のことがすぐにわかった。
最初のコメントを投稿しよう!