裏切り者

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 そうだ。  僕は誰よりも勇人を憎んでいる。  誰よりも速く走る勇人。  ゴールを決める勇人。  当たり前のようにレギュラーメンバーに選ばれていた勇人。  ハイタッチしている時の輝くような笑顔も、失敗した時に悔しそうに顔を歪めて頭を抱える癖も、全部全部、憎かった。  いいよな、お前は全力でボールに向かえて。  僕はもう、素直にボールに向き合えない。   努力しても無駄だ。  そう悟って、やめるまでどんなに苦しかったことか。    なのに、勇人はあっさり全部を手放すと言う。  僕はあんなに苦しんだのに、軽々と。  彼の人生だ。  彼の問題だ。  わかっている。  それでも、僕は言わずにいられない。 「勇人って、そういうやつだったんだ」 「ちょっと、がっかりだよな」 「みんな必死で練習してるのに酷くないか?」  わざとサッカー部のやつに話しかけては、くすぶりかけた怒りに炎を放つ。  勇人がボールを蹴るのを止めて余った時間で街へ繰り出したり、憂いた顔で学校を休みがちだったりしたら、僕だって勇人の「ワケアリ」の理由を探したり、気の毒に思ったかもしれない。  でも、勇人はあまりに普通だった。  今まで通り、毎日元気に学校へ来て授業を受け、以前のように宿題を忘れるようなこともなく、図書館で勉強をしている姿まで見かけた。  なんだよ。  みんなの心を乱しておいて、そりゃないだろ。  本を広げ、熱心に問題を解いている姿に猛烈に怒りがわいてきた。  もう、耐えられない。  密やかな囁きと、本の匂い。  静かな図書館はお前に似合わない。 「勇人」  首をひねるようにして見上げる顔をつくづくと見る。  こいつ、こんな顔をしてたっけ。  思ってから気付く。  そういえば、あの時から、僕達はまともに話したことがなかったんだっけ。 「翔」  少し驚いたように僕を見つめ、ゆっくり瞬きをした。 「何だよ」 「何だよ、じゃねーよ」  押し殺したつもりが、案外大きな声になった。 「外へ行こう」  机に出していたものをかき集めて鞄に押し込むと、勇人は立ち上がった。 「別に、話すことなんてないんだけど」 「うん」  大股で歩く背中を追いながら文句を言う。 「サッカーをやめるのも、勇人の勝手だ」 「うん」 「だけど、納得できないよ」 「うん」  前を行く肩を掴む。 「なんで、うん、しか言わないんだよ! そりゃ、僕に説明する必要も、理由もないだろうけど、ないと思うけど」  前を歩く白いシャツの背中が滲んで見えた。  胸の真ん中が酷く熱い。  声が震える。 「悔しいんだよ。許せないんだよ。お前はサッカー、うまいのに、誰よりも好きなくせに、ふざけんなよ」  ずっと言わずにいた。  言ってはいけないと思っていた。  言ってもどうにもならないことだ。 「僕はもう、できなくなったけど、おまえはサッカーができるんだから」  そのことがどんなに羨ましかったか。 「ごめん」 「謝ってほしいわけじゃない」 「オレ、あの日からずっとどうしたらいいかわからなくて。いくら考えてもわからなくてさ……」  あの日、がどの日のことがすぐにわかった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!