1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
新しい靴
僕と勇人が、足を絡めて転んだ日。
それはサッカーをしていればよくあることで、誰かがちょっとした怪我をすることもよくあることで……違っていたのは僕らが中学生で体が大きかったこと、転ぶ瞬間に変な方向に足をひねってしまったこと……だった。
「医者は、治ったと言った。実際に、僕は運動ができないわけじゃない」
走ることも跳ぶことも、問題ない。
ただ、ボールを蹴ることが怖い。
正確には、試合が怖いのだ。
みんなが走っている中にいると、足元が救われそうな気がして、体が動かなくなる。
「でも、サッカーはやめた。そうだろ?」
みんなといっしょにボールを蹴ることができないのに、サッカーを続けることなんてできない。意味がない。
「まあ、前みたいには動けなくなったからな」
今までに何度も言ってきたセリフだ。
中学時代のサッカー部の仲間にも、顧問の先生にも、親にもそう言った。
何度もそう言うことで、自分を納得させていた。
怪我をしたから、やめたんだ。
怪我のせいで、以前のように動けなくなってしまったから。
それは嘘じゃない。
だけど100パーセント本当の気持ちってわけじゃない。
「そんなことはどうでもいいよ。今はお前の話をしているんじゃないか」
僕は苛々しながら勇人の肩を掴んだ。
「そうだよ。オレの話だ。あれからずっと考えていた。このままオレがサッカーを続けていていいのかとか、翔の分までがんばらなきゃいけないとか」
「僕は関係ないだろ」
「あるよ」
「僕がサッカーをしないのは僕の勝手だ」
「怖いからだろう? サッカーをしていてまた似たようなことがあったら、ボールを蹴っていてまた足をひねったら、いくら気を付けていたって前みたいに足を引っかけられたら」
「やめろ」
右脚のふくらはぎがびくん、と固くなったような気がして、僕は思わず自分の足をさすった。
「心的外傷後ストレス障害」
はっとして顔をあげる。
「っていうんだってな。そういうの」
「だから何だよ。情けないと思ってるよ。同じような人はいっぱいいるよ、怪我をしたスポーツ選手はみんなそんなの、乗り越えてるよ。僕が弱いだけだ。誰のせいでもない。わかってるよ。そんなことは、わかってる」
「翔が弱いんじゃない」
ゆっくり首を左右に振りながら、勇人が言う。
「オレのせいだ。あの日、オレの足が翔の足に引っかかかったりしなければ」
「でも、いつかはサッカーを辞めていたよ」
そうだよ。いつか、がちょっと早くなっただけだ。
どうせ、万年補欠の僕だ。
やめるきっかけをもらっただけさ。
そのことが悔しいのか、痛くないはずの痛みを足に感じるようになったことが辛いのか、僕にはもうわからない。
最初のコメントを投稿しよう!