新しい靴

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新しい靴

 僕と勇人が、足を絡めて転んだ日。  それはサッカーをしていればよくあることで、誰かがちょっとした怪我をすることもよくあることで……違っていたのは僕らが中学生で体が大きかったこと、転ぶ瞬間に変な方向に足をひねってしまったこと……だった。 「医者は、治ったと言った。実際に、僕は運動ができないわけじゃない」  走ることも跳ぶことも、問題ない。  ただ、ボールを蹴ることが怖い。  正確には、試合が怖いのだ。  みんなが走っている中にいると、足元が救われそうな気がして、体が動かなくなる。 「でも、サッカーはやめた。そうだろ?」  みんなといっしょにボールを蹴ることができないのに、サッカーを続けることなんてできない。意味がない。 「まあ、前みたいには動けなくなったからな」  今までに何度も言ってきたセリフだ。  中学時代のサッカー部の仲間にも、顧問の先生にも、親にもそう言った。  何度もそう言うことで、自分を納得させていた。    怪我をしたから、やめたんだ。  怪我のせいで、以前のように動けなくなってしまったから。    それは嘘じゃない。  だけど100パーセント本当の気持ちってわけじゃない。 「そんなことはどうでもいいよ。今はお前の話をしているんじゃないか」  僕は苛々しながら勇人の肩を掴んだ。 「そうだよ。オレの話だ。あれからずっと考えていた。このままオレがサッカーを続けていていいのかとか、翔の分までがんばらなきゃいけないとか」 「僕は関係ないだろ」 「あるよ」 「僕がサッカーをしないのは僕の勝手だ」 「怖いからだろう? サッカーをしていてまた似たようなことがあったら、ボールを蹴っていてまた足をひねったら、いくら気を付けていたって前みたいに足を引っかけられたら」 「やめろ」  右脚のふくらはぎがびくん、と固くなったような気がして、僕は思わず自分の足をさすった。 「心的外傷後ストレス障害」  はっとして顔をあげる。 「っていうんだってな。そういうの」 「だから何だよ。情けないと思ってるよ。同じような人はいっぱいいるよ、怪我をしたスポーツ選手はみんなそんなの、乗り越えてるよ。僕が弱いだけだ。誰のせいでもない。わかってるよ。そんなことは、わかってる」 「翔が弱いんじゃない」  ゆっくり首を左右に振りながら、勇人が言う。 「オレのせいだ。あの日、オレの足が翔の足に引っかかかったりしなければ」 「でも、いつかはサッカーを辞めていたよ」  そうだよ。いつか、がちょっと早くなっただけだ。  どうせ、万年補欠の僕だ。  やめるきっかけをもらっただけさ。  そのことが悔しいのか、痛くないはずの痛みを足に感じるようになったことが辛いのか、僕にはもうわからない。
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