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自警団は市の全面的な支援を受けているおかげで、教会を敷地ごと借り上げて拠点としている。男はリーダーの部屋を出たあと、出口に近い礼拝堂に足を運んだ。
かつて信徒が集っていた礼拝堂には、他の団員たちが煙草をふかしながら談笑していた。
「とうとう始まるのか」
「ああ。業務が憲兵にわたったら、この煙草も手に入らないな」
「いや、現物支給でくれるんじゃないのか」
「半年だけだろう」
「それより聞けよ、あのXX人め、俺のコートの裾を汚しやがった」
「おう、それは赤い腕章にかけて許せねえな」
「それで、俺はこう懲らしめてやったわけだ。まずあの憎たらしい左腕の黒い腕章を掴みあげて……」
今後を嘆き、また武勇伝で盛り上がる仲間を遠ざけるようにして、男は礼拝堂を出た。付けていた腕章を乱暴に取り、懐に無造作に突っ込んだ。
外はまだ、雨が降っていない。
男が匿っていた犬は、雨の日に殺処分された。いまでも、男は雨の日が好きではない。
男は無意識に、懐から煙草を取り出した。
だが、煙草を吸っていたリーダーや自警団の仲間達の姿を思い出し、煙草を懐に戻した。
やりどころのない腕をコートのポケットに突っ込んだとき、何かが指に当たった。
ポケットから出した手の上にあったのは、飴玉だった。ひとつだけ包みから転がり出ていたらしい。
男はしばらくその飴玉を見つめてから、口に放り込んだ。
飴玉を口の中で転がしながら、とうとう自分はよき社会人にもよき夫にもなれなかった、とぼんやり思った。
よき妻、待遇の良い職場、そして国家。それらを裏切ったならば、もはやよき隣人という称号以外に望みはないが、それすらも自分にふさわしくないと男は考えた。
自警団に入っている時点で、隣人を迫害し追い詰めているのだ。飴玉をやったぐらいは何の足しにもならない。
家に帰れば無邪気な息子の寝顔を見られるだろうと思いつつ、男は少女に弟がいることを思い出した。
男の家にいくつでもある飴玉を、少女と弟が頬を染めて頬張る姿が容易に想像され、男は胸に鈍い痛みを覚えた。
ーーーいつの日か、息子と少女の弟がともに飴を頬張る、いやそれどころか同じ玩具で遊ぶ親友となれればいい。
空襲を告げるサイレンの幻聴をききながら、遠きにある希望へ静かに祈るような気持ちで、男は願った。
【終】
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