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「何?」
「最近つけるべき腕章をつけずに出歩くXX人がいるらしいんだ。奴らの言い分は『腕章をつけていると満足に物が買えない』だそうだが、腕章なしのXX人の外出は法律違反だ。見逃すわけにいかない」
その言葉を聞いて、少女がかすかに顔をこわばらせた。
「もしそいつらを見かけたら、俺たちに教えてくれ。知っていると思うが、腕章の色は黒だ」
「……教えたら、その人たちはどうなるの?」
「君は知らなくていいことだ」
「……そう。もし見かけたら、ちゃんと教えると約束するわ」
「ああ、頼む。それから」
「まだあるの?」
少女はやや苛立っているようにみえた。しかし男は、その苛立ちが本心をおおう隠れ蓑であるように感じた。
「君の荷物を少し改めさせてくれないか」
少女はしばらく答えなかった。
いつの間にか、通りには男と少女の他に誰もいなくなっていた。
「私が、腕章を、隠し持っているとでも、思っているの?」
「疑っているわけじゃない。ただ、これが仕事なんだ」
「荷物を見せろっていう時点で、疑ってるじゃない」
そういって、少女は悔しそうに男を睨んだ。
「言っておくけど、こうして話しているのはあなたが自警団の人だからで、もし普通のおじさんだったら怒って帰っているところよ」
「なぜだ?」
「だって、あんなずる賢い人たちと一緒にされるなんて。おじさんが私の立場でも、許せないでしょう?」
その口調に、表情に、焦りや怯えは見られない。「地下を這う小動物の如く卑しい者と勘違いされることに憤慨する善良な小市民」の姿がそこにある。男は、少女の完璧な擬態に感動すら覚えた。
「あいつらは人じゃないけどな。人のなりをした、ずる賢い獣だ」
「ええ、そうね。動物以下だわ」
男が挑発してみても、少女は平然と返す。
やはり彼女は聡明だ、と男は思った。自分とは大違いだ、とも。
あの時の自分に、彼女のような賢さがひとかけらだけでもあったらーーー。
友を二人も失うことはなかっただろうか。
赤と黒。同じ腕章でも、身につけているというだけで、かたや誰もが敬い、かたや誰もが蔑む。
友を救えなかった愚かな男が敬われ、家族を守ろうとする賢い少女が蔑まれる。
その現実に、男は思わず顔をしかめた。
男の心のうちをよそに、少女は反撃に出た。
「おじさんこそ、何か隠しているんじゃないの?」
「何をいうんだ」
「じゃあ、コートのポケットに隠してるのは? 小物が入ってるにしてはふくらみすぎよ」
「目ざといな」
「そうでもないわ」
「別にやましいものじゃない」
「やましくないなら見せてくれたっていいじゃない」
「それは君にだっていえるだろう」
「私は、ばかにされるのが嫌なだけで見せるのは構わないわ。やましいことなんてないから。それにひきかえおじさんはーーー」
「わかった、わかった」
食い下がる少女に、男はとうとう白旗を上げた。
無造作にコートのポケットに手を突っ込む。
「飴だよ」
「飴?」
ポケットから取り出されたのは、白い包み紙だった。
なおも疑わしそうな顔をする少女に、男は包み紙を解いてみせた。
「意外。煙草じゃないのね」少女は言葉通り意外だという顔をした。
男がみせた包み紙の上には、半透明の粒がいくつか転がっていた。街灯の灯りを反射して、ほのかに光ってみえる。
「食べるか?」
「え? ええと、いまはお腹が空いてないからいらないわ」
少女の視線に警戒が混じる。
脅すつもりもなかったので、男は粒のひとつを手にとって自分の口に放り込んだ。
「普通のハッカだ。うまくもないが不味くもない」
飴は煙草と比べれば高価ではないが、いまのご時世、少女にとっては滅多に食べられない代物だろう。
一瞬迷う素振りをみせたあと、少女は包み紙に手を伸ばした。
まだ華奢で小さい指が飴玉をひとつつまみ上げ、街灯の灯りにかざした。
飴玉と街灯を映した少女のかがやく瞳に、男はなぜか懐かしさを覚えた。
「綺麗。おじさんもそう思わない?」
「飴が綺麗とは考えたこともなかった。君には綺麗に見えるんだな」
「ええ」
手に取ったはいいものの、少女は飴をなかなか食べようとしない。男が訝しげに思って声をかけようとしたとき、少女が口を開いた。
「もう一つもらってもいい?」
「構わないが」
「小さい弟がいるの」
「ああ、なるほど」
「図々しいと思うかもしれないけど」
「いや、そんなこと思わないさ」
そういってから、男は飴を包み紙ごと無造作に差し出した。
「そういうことなら、全部持って帰りなさい」
「えっ、本当! でもおじさんの分がなくなるわ」
少女の目は男の手の上に釘付けだったが、まだ遠慮しているようだ。
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