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当番を終えて男が自警団の拠点に戻ると、リーダーに呼び出された。
本人に代わって迎えに来た伝言役の団員はやや口が軽く、リーダーのもとへ案内している最中も男に話しかけてきた。「警察犬の如き忠誠心」をたたえられる自警団の団員も、その評判通りの人間ばかりではない。
「当番お疲れ様。さすがに疲れただろう」
「いや、そうでもない。そっちこそ、こんな時間まで働いているんだな」
「夜間は手当をはずんでくれるからな。それにしても災難だったな、あんた」
「何がだ? 今日は何もなかったが」
「ほら、前任者のことだよ」
「……あいつのことは仕方がない」
「まあ、そうだよな。取り締まり対象に味方していたとあっちゃあ、仕方がない。真面目な奴だと思ってたんだが。まったく、惜しい奴をなくした」
「おい、滅多なことをいうな。……あいつが実際どうなったか、知っているか?」
「知らないな。リーダーなら知っているだろうが。俺は聞こうと思わないし、あんたも聞かない方が身のためだと思うぞ」
「安心しろ、そのつもりは全くない」
「ならいい。また仲間がいなくなるのは俺も寂しいからな」
白々しい、と男は思った。前任者を密告したのは、他ならぬこの団員だった。
男の内心を知ってか知らずか、そういえば、と口の軽い団員がいった。
「あんた、今度誕生日らしいな。おめでとう」
「俺の誕生日はまだ随分先だ。息子なら、もうすぐだが」
「そうか、じゃあ俺の勘違いだな。まあどちらにせよめでたいことだ。プレゼントは買うのか?」
「ああ。今月の手当で買おうと思っている」
「そりゃあいい。俺もついこの前に姪っ子の誕生日があったんだが、何も買ってやれなかった」
去年からねだられていた人形がますます値上がりしたとぼやく相手に、男はいった。
「仕方がないさ。誰にだって自分の生活がある」
いまや玩具や嗜好物はかなりの高級品だった。
そりゃそうなんだが、といいつつ、団員は不満たらたらのようだった。
「物価はうなぎのぼりだ。予算を抑えたらろくなものも買えやしない。かといって可愛い姪っ子にがらくたを贈るわけにもいかない。……巡回役はいいよなあ、俺の倍ぐらい手当があるだろう」
「どうだろうな。担当地区によるんじゃないか」
「そういうものか。まあ、どこの担当だろうが、俺みたいな下っ端よりはずっとましだろうよ。……あんたの前任は本当にもったいないことをしたなあ。あいつにも家族がいたろうに」
男は返事をしなかった。
それから、リーダーの部屋に着くまで、ふたりは黙っていた。
部屋の前まで来ると、男は二、三の言葉を交わしたあと団員と別れ、目の前のドアをノックした。
「入ってくれ」
よく響く声が中からきこえ、男は部屋に足を踏み入れた。
部屋は比較的広く、つくりの良いソファに、組織の長らしい貫禄の男が煙草をくわえながら座していた。いつもそばに控えている護衛兼秘書は、今夜はいなかった。
軽く挨拶を交わしたあと、リーダーが男をねぎらった。
「夜の見張り、ご苦労だった」
「いや、それほどでは。リーダー、あなたの采配と仲間のおかげだ」
「ああ、他の仲間も含めよく頑張ってくれた。何か変わったことはあったか」
「何も」
「そうか」
そういって、リーダーの男は、目の前に立つ夜番帰りのくたびれた男をじっと見つめた。
「何もなくて何よりだ。今度こそ安心して任せられそうだな」
「……あなたに信頼されて、光栄だ」
熱のこもらない言葉に、リーダーの男は形式的にうなずき返した。
「頼もしい。ーーー今日は、伝えるべきことと聞くべきことがあって君を呼んだ」
「聞くべきこと?」
「気になるなら、そちらからにしよう。二つある」
前置きしてから、男はいった。
「一つ目は、ネズミの居場所の心あたりについてだ。許可を得ずに住み着いた挙句、所定の黒い腕章を付けずに出歩いている一家が君の担当地区にいるらしいが、見かけたことはあるか?」
「いや、それらしい輩は残念ながら」
男は、少女の顔を思い浮かべながら答えた。
「そうか。まあ自警団にいる以上、摘発された奴らをこれだけ見ていれば、外見だけでも我々との違いはわかるからな。買い物の時だけ外して腕章を持ち歩く輩もいるそうだ。店内であれ路上であれ、見かけたら遅滞なく摘発、報告してくれ」
「了解」
男は素知らぬ顔でうなずいた。
「二つ目は聞きにくいことなんだが」
リーダーの男は煙をはき出しながらいった。
「君は迂遠なもの言いを好まなかったな」
「ええ、あまり」
「では単刀直入に聞こう。君が、現在もあの男とーーー前任者と友好関係にあるのではないかということについてだ」
「ありえない」
上司からかけられた疑念を、男はすぐさま否定した。
「断じてありえない。あいつは自警団を裏切った」
「そうか? 君はあの男と仲が良かったじゃないか。あの男に影響を受けてネズミどもと通じーーー」
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