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「いくらあなたでも、言っていいことと悪いことがある」
男が珍しく他人の言葉を遮った。
「俺には、幼い息子と妻がいる。そしてあいつほどばかじゃない」
男には、強気で言葉を発するいまの自分が、あの少女と重なってみえた。
リーダーの男は一瞬黙ったあと、口調を和らげた。
「まあ、そうだな。君は良識ある社会人であり、よき夫、よき親だ。かつて友人だったとはいえ、あの男とは全く違う。疑ってすまなかった」
「いや、疑いを持つのは自然なことだ。こちらも言いすぎた。リーダー、許してくれ」
「許すも何も、こちらが謝っているんだ。この話はこれで終わりにしよう」
「了解。ーーーそれで、伝えるべきことというのは?」
「ああ、そうだった。自警団の今後についてだ」
リーダーの男はひと呼吸置いてから話し始めた。
「他の仲間にも知らせたが、近く、憲兵団に業務を返却する。それ以降は、市から半年間、現物と報奨金が支給されるので心配は無用だ。業務は一気に返却するわけではないが、頭に入れておいてくれ」
「了解。……理由を聞いても?」
知り合いの伝手で聞いただけで推測の域を出ないが、と前置きした上で彼は答えた。
「我らが偉大な祖国は悪しき隣国に宣戦布告するだろう。早ければ、明日にも。今回のことは、総力戦に向けた現行体制見直しの最終段階だ」
「……それはまた、随分、急な」
「急でもない。君も含め、皆薄々わかってはいただろう。ただし、くれぐれも自警団内部にとどめてくれ」
「了解」
「よろしい。用事はこれで済んだからもう帰っていいぞ。これからもよろしく頼む」
男には、本当に自分がリーダーの信頼を得ているかわからなかった。だが、ぼろを出すことは避けなければならないと、余計なことは口にしないと決めていた。
男が部屋を出る間際、リーダーの男が独白めいてつぶやいた。
「あの男は、真面目すぎた。自分自身にも嘘がつけなかった。覚悟を決めたなら、内心はどうあれ忠犬の役を演じきるべきだった。許されることではないが」
男は何も答えず、その場を辞した。
建物の中を歩いている途中、ふと飴をやった時の少女の瞳と自分の記憶の共通点に気がついた。
彼女の瞳は、男が匿っていた犬のそれにそっくりだった。秘密を隠しながらも、希望をたたえた瞳。
しかし、友人に等しかったあの犬の目のかがやきは、男が奪った。厳密には男が奪ったのではないが、男はそう思っていた。
その犬は、人を噛んだとして大人が探し回っていた「狂犬」だった。
だが、少年だった男はその犬が優しく穏やかであると知っていた。彼らは友人同士であり、傷つけあうことなど一度もなかった。
暗号地図まで作って匿ったのは、いうまでもなく彼を守りたかったからだ。
だが、男は失敗した。あの少女と違い、大人のかまかけにあっさりと引っかかり、犬の居場所を隠し通せなかった。
少女の家族もいずれはーーー。
否、きっと、あの少女ならうまくやる。
男は自分にいいきかせて、不穏な考えを振り払った。
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