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ミシンのモーター音が耳に届くと、不思議と安心出来た。美晴が足踏み機能を使うたび、独特のリズムを刻む瞬間があり、それが面白くて皆つい笑ってしまうのだ。
穂波によれば、2.5次元俳優たちの舞台で、美晴が特にお気に入りのキャラクターの劇中歌のリズムらしい。
「あのリズムで縫えるのはばりちゃんだけよね」
おかげで、まるでいつもの家庭科準備室にいるような気持ちになった。
その横で木乃香も楽しそうに針を進める。その様子を見ていた和歌が木乃香に尋ねる。
「やっぱり手縫いなんですね」
「うん、襟部分は繊細だしね。ただ袖はばりちゃんにミシンかけてもらうけど」
和歌は帯に仕立てたブレザーに、あらかじめ取り外しておいた校章のついたポケットを改めて縫い付け、その周りに花の刺繍をしているところだった。
「こんちゃん先輩はいつから和裁をやってるんですか?」
「実は家が呉服店をやっていてね、小さい頃からチクチク小物とかを作ってたんだ」
「へぇ、すごいなぁ……」
和歌が感心したように声を上げると、木乃香は小さく微笑んだ。
「私ってさ、生まれてから一度も痩せたことがない、遺伝的ぽっちゃりなのね。それなのに、みんなと同じメニューを食べていても『食べ過ぎ』って言われたり、裁縫をしていれば『運動しないからだ』って男子にからかわれて、小学生の時に不登校になっちゃったんだ。なんか太っているには理由が必要みたい。あることないこと言われることが嫌になって精神的にしんどくなってね、家でずっと裁縫してたらすごく上達しちゃったんだ」
「それでうちの中学を受験したんだよね」
美晴もミシンをかけながら会話に参加してくる。
「そうそう。入学したらびっくり。体型についてあれこれ言う人がいないんだよ。体型って要は入れ物だからね、ちゃんと人間性を見てもらえた気がして嬉しかったな」
そこに睦月が入ってくる。
「じゃあチョコレート文庫にハマったきっかけは?」
「……現実の男子に嫌な思いしかなかったから。本の中の男子は、恋に悩んで、想いが通じ合うと涙しながら安心するわけ。それがまた切ないというか、儚いというか……胸ぐらをこうグッと掴まれる感じ。あぁ、たまらない……」
「でもそれだと現実の男とか無理じゃない?」
「まぁ無理だね。とりあえず目に入れても痛くないような男の人を見つけられれば私は満足かも。『大介さんと勝くん』みたいなイケメンいないかなぁ。そうしたら妄想力だけで生きていけるのに」
首を傾げた和歌に、睦月が笑いながら解説を始めた。
「大介さんって細マッチョの叔父さんに恋しちゃった勝くんの、無邪気でちょっと切ない恋のシリーズなのよ」
「なるほど〜」
「あっ、ばりちゃん、次これ縫って」
「はいよ」
「でもさ、前のばりちゃんの話じゃないけど、好きなことを好きって言えるのって幸せなことだよね。そしてそれを肯定してもらえる環境を私は大切にしたいって思うんだ」
黙々と作業をしているように見えたが、全員が同意するように頬を緩ませた。
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