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プロローグ
ぶちぶちと音を立てながら縮み消えていく骨と肉。溢れ続ける血に浮かぶ乳白色をしたゼリー状の球体。
集中治療室に閉じ込められていた人間の肉は千切れ飛ぶ。
これが《神隠し》から生還した人間の末路である。
そしてその神隠しも誘拐や失踪とは違う。会話中や食事中、瞬きした瞬間に消失するのだ。そしてある日突然コスプレのような、ファンタジー感満載の服装で帰って来る。
しかし喜んだのも束の間、その後平均十日で肉片と化す異常死を遂げるのである。
未だ解明できないこの事件は、超常現象派とトリックを駆使した最新犯罪派に分かれている。
まるで魔法のようなこの犯罪はいつからか《魔法犯罪》とカテゴライズされ、現代医学では留める事ができないという意味で《UNCLAMP》と称されるようになった。
この魔法犯罪UNCLAMPによる失踪者は五年間で推定二千人、死亡者はまもなく千人に達しようとしていた。
――迎賓館だ
各務結衣が目を覚ました視界の第一印象である。
目にしたのは白塗りの壁に煌めく黄金の装飾と、同じく真っ白で黄金の装飾が施されたクローゼットらしきインテリア。身体を起こすのが難しいくらいにふかふかのベッドと透けてた布が垂れる黄金の天蓋。
結衣の部屋は畳と襖の和室であり宮殿ではない。一体ここがどこで何故こんな場所にいるか思い出せず、ゆっくりと身体を起こす。
するとその時、バンッと壊れんばかりの勢いで扉が開いて数人が駆け込んできた。
「アイリス!よく戻って来た……!」
「ぎゃあああ!放せ変態!!」
結衣は飛びつくように抱きついてきた男を突き飛ばした。男は五十代前半くらいで、真っ赤な髪はまるで炎のようで恐ろしい。
その後ろではメイド服の女性が涙を流していて、嗚咽交じりにアイリス様、と呼び続けている。
一体何が起きているのか全く分からず、結衣はここまでの記憶を辿った。
(確かクラスのみんながお縁日に連れてってくれて……)
結衣は毎年夏になると幼馴染四人で近所の神社でやっている縁日に行っていた。
三歳年上で四人のまとめ役である早乙女裕貴と結衣と同じ歳の一ノ瀬雛、そして五歳年下の棗流司だ。けれどある日、十歳の流司が神隠しに遭い、さらにその一週間後に裕貴と雛が同時に消えてしまった。
三人の消失を全て目の前で見ていた結衣の落ち込みようは酷いもので、見かねた同級生が連れ出してくれたのだった。
しかしやはり気乗りはせず、お祭りの喧噪を聞き流して歩いていた。歩いているだけだったのだ。
裕貴と雛が神隠しに遭ったわずか四日後、結衣は何の前触れもなく、とぷん、と水の中に放り込まれた。
がぼがぼと口から酸素が漏れ出した。何が起こったのか分からず必死にもがいたけれど、結衣の身体はどんどん暗闇に飲み込まれていった。
もがけばもがくほど残された酸素は口から零れ、次第に結衣の意識は途切れていった。
そして目が覚めたら迎賓館的なこの部屋にいたのだ。
結衣も迎賓館的室内の住人達も混乱していたが、真っ先に冷静さを取り戻したメイド服の女性が「アイリス様のご準備を致します」と、おたつく男性陣を外へと追い出した。
メイド服の女性は混乱してるんですね、と涙目で微笑んで現状の説明をしてくれた。
ここは魔法大国と称えられる《ヴァーレンハイト皇国》の皇城。巨大な窓の外を見ると空中に美しい造作の球体や円錐、小島が浮かんでいるのだが全て魔法によって成しえているらしい。
第一皇女アイリスは約八年前に失踪し行方不明だったが、何と今日城内で発見された。
「それが今この、ここにいるこの私?」
「そうですよ。急にいなくなったかと思えば急に戻ってらして。不思議でなりません」
結衣は嫌な予感がした。
ここが何処なのかは一先ず置いておくとして、問題は『一瞬で知らない場所に来た』という点だ。それは第三者から見れば急にいなくなったわけで、つまり神隠しという事ではないのだろうか。
窓の外には大きな鳥が飛んでいるように見えたが、よく見ると翼の生えた人間だ。自由自在に飛び回り空中で立ち話をしている。
それはまるでファンタジーゲームの背景のようだった。
「……神隠しでファンタジー世界に行く……」
魔法犯罪UNCLAMPとは神隠しからファンタジーのような服装で戻って来て異常死をする。
結衣は神隠しに遭った。行先は魔法大国ヴァーレンハイト、つまりファンタジーだ。
「UNCLAMP……!」
遠からず結衣は肉片と化すだろう。
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