警視庁の一室で

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警視庁の一室で

警視庁のとある一室での出来事。 「見ろ、またこいつが新聞の見出しを飾ってやがるぞ。」 イラつきを隠さずに私の上司、犬飼(いぬかい) 剛(つよし)警部がそう言って、新聞を机に叩きつける。そのまま胸ポケットから煙草を出しふかし始める。 「禁煙したんじゃないんですか、警部。また奥さんに𠮟られますよ。後、警視庁内は全館禁煙です。」 「うるせぇなぁ。ケチケチすんじゃねぇよ。」 そう口では言ってるが、警部は煙草をポケット灰皿に押し付けて火を消している。なんだかんだ言って奥さんが怖いのだろう。 「それにしてもここ数日、ずっと新聞の見出し飾ってますね。最近活動が前より活発的になっていませんか?」 私 鞘野(さやの) 綾香(あやか)は警部の机から新聞を取り、その見出しを見つめる。そこには “影の執行人、またもや市民を救う!!!その実態は正義か悪か?” とでかでかと載っていた。 「何が“正義が悪か?”だ。そんなもん悪に決まってんだろう。記事には書いてないが、加害者の方は四肢の骨を複雑骨折させられて見つかったんだ。骨がちゃんと全部くっつくのに半年以上はかかるらしい。しかもだ、骨がくっついたとしても後遺症が残るなんて医者が言ってやがった。俺から言わせりゃ、そんなことする奴はただの犯罪者だ。」 警部はそう一気にまくしたてた。 「私も同感です。いくら相手が犯罪を起こした奴とは雖も、ここまでの過剰な暴力は異常です。」 確かに犯罪を起こした者はその罪を償わなければならない。でも、その犯罪者に罪を償わせる為に、自らも法を超えることはあってはならないことなのだ。 私がそう言うと、警部は当然だと言うように深く頷いた。そんな警部を見た後、私は再び新聞に目を落とす。“影の執行人”またの名を“エクセキューショナー”、悪を許さず、悪を粛清するもの。世間ではそう呼ばれている。なんて趣味の悪い名前だ。エクセキューショナーって言われたら“死刑執行人”って言葉が一番先に頭に思い浮かべる。もしこの名前を自分で名乗りだしたのなら、普通の人間の思考とは思えない。 「まぁ、異質と言えば私達の部署も異質な部類に入りますがね。」 そう、私と警部は警視庁に居るとは言え、その配属部署は特殊・特別捜査一課という部署だった。文字通り普通ではありえない事件の捜査をする部署だ。だが、それは表向きの活動内容で、実際のところ、他の部署が面倒な仕事を回してくるような雑用担当の部署なのだ。 「ったく、どいつもこいつも面倒な仕事押し付けやがって。」 警部はまだご機嫌斜めだ。ここ最近ずっと書類の整理をしているからだろう。それと、さっきのエクセキューショナーの存在が警部の癪に障っているようだ。 「ちょっといいかな、君たち。」 そんな時、私達に声を掛ける存在が、 「い、岩本警視正。お疲れ様です。」 私はその人に向かってビシッと敬礼をする。岩本(いわもと) 誠二(せいじ)警視正。私たちに面倒ごとを回してきてくれる人だ。 「なんスか、また面倒事っスか。」 不貞腐れたように警部が警視正に言う。 「そう言うな。私は君達に仕事をやってるだけだろう?私が仕事を回さなければ暇を持て余すだけじゃないか。国民の税金を貰っているんだ、少しは仕事をしたまえ。」 「どの口が言うんだか、俺らをここに突っ込んだのはあんたらだろ。」 上司にむかって思いっきりため口で文句を言う警部。 「あの、何か用事があって来られたのでは?」 私が口をはさむと 「ああ、そうだった。ありがとう、巡査部長。君達に仕事を持ってきたんだった。」 「結局面倒な仕事持ってきただけじゃねえか。」 警部、せめて敬語に戻ってください。 「いや、今回は君達の部署にピッタリの事件だよ。この現場に向かいたまえ。では、よろしく頼んだよ。」 そう言って警視正は去っていってしまった。 「それって…」 「ああ、変な事件が起きたってことだな。行くぞ、綾香。」 警部の顔つきが真剣になる。 「はいっ」 久しぶりの現場に出ての仕事だ。少し緊張しながら私は警部の後ろについていく。
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