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「人間を襲う?そのような愚かなことはしておりません。蛇を見れば片っ端から人間を襲うとでもお思いですか」
「ならばその背中の傷は?古い大きな傷もありました。昔から人間たちを襲い戦っていたのではないのですか」
桜丸は残った猜疑心をそのままヒンデにぶつけた。
「ほっほっほ、確かにこの古傷は人間とのいざこざでできたもの。しかし二百年ほど前の話ですよ。今の主に仕えてからは無意味に誰かを襲ったことはありません。主が嫌がるのです。主であるパースラン様は、尊く気高いお方。争いを嫌い、話し合いを好みます」
「ほう、そのような蛇がいるとは。人の国でさえ争いだらけだというのに……親子で殺し合い、兄弟で殺し合い、夫婦で殺し合い、友を殺す。生きている意味がわからなくなりますよ、この世界は」
桜丸はため息をつき、ぼんやりと空気の隙間を見ているようだった。
「……では、蛇の国にいらっしゃいませぬか」
突然の申し出に桜丸の隣にいる楓の方が驚いているようで、ヒンデを睨み上げた。桜丸は何事もなかったかのように話を続ける。
「蛇の国……ですか」
「はい、この人間国の地下に存在するのが蛇の国。争いはありますが、人間の国ほど野蛮ではありません。そしてその争いも、解決に向かうために努力しているところでございます。そのためにも桜丸様にぜひ我が国へ来ていただき、お力添えをしていただきたいのです」
「私が行ってどうなるというのですか」
ヒンデは、桜丸の瞳孔が菊の花のように大きく開いたのを見逃さなかった。
「パースラン様を守っていただきたい」
「パースラン様を守る?あなたの主を?あなたの主は、人間に守られなければならないほどか弱く、貧弱なのですか」
「ほっほっほ、おもしろいことをおっしゃる。我が主は強く賢いお方。ご自身でも十分すぎるくらいですが、戦を嫌うがゆえにそのお力をほとんど使うことはありません。だから心配なのです。蛇の寿命は約五百年。私はいつ死んでもおかしくない。これからのパースラン様のことが心配なのです」
桜丸は声を上げて笑い出す。
「そちらこそおもしろいことを言う。人間の寿命は平均にして約五十年。もし私が蛇の国へ赴き、そなたの主に仕えたとしてもこちらが先に死んでしまう」
「それはありません。仕えてほしいのは数年の間のみ。先代の王が亡くなり、五年以内に次の王を決めなければならない掟があります。先王は昨年亡くなりました。なので、長くてもあと数年、我が主が王権を引き継ぐまでで構いません」
桜丸は何かを考え込むようにヒンデを見つめる。
「嫁ぐのとは違うのですね?」
「嫁ぐ?嫁ぐとは?ほっほっほ、種族が違うではありませぬか。いや、それはたいした問題ではないかもしれませんが、そもそも嫁ぐなどという考えは蛇の国では聞きなれません。好きなものがいれば好きなものと一緒にいる、ただそれだけのことにございます」
「私という女に仕えられて迷惑では?あなたの主は、女に守られるということに対して否定的ではないのですか」
ヒンデは首を捻り、瞬きを繰り返す。
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