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一、蛇の国へ
「大蛇だ、大蛇が出たぞぉ!」
その声が聞こえて初めて自分が誤って地上に出ていることに気がついた。何とか重い体をにゅるにゅると持ち上げ、今、どういう状況にあるのか冷静に判断する。
人間に見つかるのは非常に不味い。普段なら何でもないが、現在は手負いの身、いくら人間といえども百も二百も立ち向かってこられたら煩わしいことこの上ない。それでも負けるわけはないが、どうにもこうにも分が悪かった。
見上げるとこじんまりとした安っぽい城が月明かりに照らされ赤く染まっている。周りは山と林ばかりの山城だったが、それにしてもお粗末で、天守閣と呼べるようなものは見当たらないし、拠点と成りうるのかも怪しく思えた。
赤く染まった城と同じような色をした液体が、蛇の背中、腰辺りからといった方がいいのか、小さくはない傷口から滝のように流れていた。地下に潜りやすい場所を探すが、小さな人間たちがあちらこちらに散在しており、すぐには見つけられそうにない。
そんなとき、目の前に忍びの格好をした二人組が現れはたと足を止める。というより止めざるをえなかった。素通りできないような二人の禍々しいオーラを感じ取ったからだ。
彼女たちがなぜそんなにも力んでいるのか理由はわからなかったが、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。彼女たちを奮い立たせるているものは何か。蛇への恨みか、国を守らねばという単なる正義心か。
一人は髪を一本に束ねた若い娘。顔は暗いながらもぼんやりと浮かんで見えていた。もう一人は顔を頭巾で覆い隠してはいたが、布の隙間から見える目は、そう若くはない女性のものであった。ギラギラとした瞳が何かを物語っており、危険な香りにたどり着く。
逃げようと思ったときはすでに遅く、二人は蛇を挟んで二手へ飛ぶように分かれていた。
不味いな、この二人は蛇という生き物の弱点をよく知っている。蛇は急いで尾を高く上げ、ぐるぐると傷口を守るように覆い隠してから、頭巾の女性だけを目で追う。
蛇の視界は人のそれより狭く、前方六十度ほどしか見えない。若い娘は諦めて頭巾の女性に狙いを絞るが、相当な手練れらしく目で追うので精一杯であった。
得意の幻術を使ってもいいが、誰かを殺すのは気が引けるし、パースラン様がお悲しみになるだろう。防御に徹するしかないと、最小限の怪我で済むよう意識を集中しようとした矢先だった。
背後に人の気配を感じて頭をよじると、首の後ろ側、若い娘が二本の小刀をすでに奥深くまで刺し込んだ後だった。
おお、何ということか……素晴らしいではないか。嬉々として目を見開いたその後からの記憶がない。
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