一、蛇の国へ

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「姫といえば聞こえはよいが、単なる人質に過ぎません。行き遅れが隣国との和平のためにと、国を追い出され人質にされたのです。この国の当主、二十も上の男が我が夫」 「承知いたしました。しかし答えにはなっておりませぬな」 「ふふふ、冷静な蛇ですこと。桜丸は忍びの名です。子を産む気もさらさらない私の遊びです。本当の名はおもしろくもないので、忍びの名を使っているのです。そなたも桜丸と呼びなさい」 「かしこまりました。名前など仮初め。蛇の国でもさほど重きは置きません。では桜丸様、次はお願いにございます。この縄をほどいてはくれませぬか」  桜丸と楓の動きが止まると同時に、空気の流れも滞った。 「これほど簡単にお二人に捕まったのです。恐れることはないでしょう。私だって一度負けた相手に逆らって命を無駄にするような愚かなことはいたしません」 「それはできません」  桜丸は楓に相談することもなく、ピシャリと言い放った。 「私たちがあなたを捕まえることができたのは、単に先手を打ったからです。怪我で弱っていたとはいえ、体も大きく力も強い。あやかしの術を使うとも伝え聞いていました。だから急いだのです。殺られる前に殺らねばと。たまたまといえるかもしれません。怪我が治れば、いえ、今でさえ、あなたはすぐにでもその縄をほどき襲いかかってくるやもしれません。そう考えて身構えているのです」  賢い娘だ、蛇の全身が疼く。こういう者を探していた。 「ほっほっほ、おっしゃる通り。この縄をほどくのも時間の問題。あなた様の小刀は蛇を殺すには短すぎました。今後のことを考えれば、長剣とはいかなくとも、今使っているものより刃先の長い小刀を持つことをお勧めいたします。さすればあなた様が私を完全に仕留め殺すこともできたでしょう」 「大蛇よ、あなたは死にたかったのですか」 「……恐れながら大蛇ではございません。蛇の国でこの大きさは平均、もしくはそれ以下にございます」 「何と、その大きさでか?」 「さようにございます。私は二間ほどで、私がお仕えしている(あるじ)はもう少し小さい体をしております。しかし、主が敵対する蛇たちは三間……四間も珍しくはございません」  桜丸は静かに蛇を見つめる。 「ですから大蛇、という呼び名はいささか受け入れがたく思います」 「ふむ、ではやはり名前を教えなさい」 「ヒンデシオと申します。みなにはヒンデと呼ばれておりますゆえ、どうぞそのようにお呼び下さいませ」 「では、ヒンデよ。なぜ人間を襲ったのですか」  ヒンデは頭を揺らして笑う。ほんの少し頭が揺れただけなのに、滞っていた風が巻き起こり空気がざわつく。
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