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「それはどういう意味です?」
「人の国では、女性は男の子を産まなければ人とは認められません。子どもを産まなければ下等な生き物なままです。私は一生子を産むつもりはありません。つまり、私は死ぬまで人でも蛇でもない下等な生き物のまま疎まれ続ける存在なのです」
「ほっほっほ、人の国とは面倒なのですねぇ。蛇の国では性別にそれほど重きを置きません。強いものは強く、美しいものは美しい。ただそれだけ。好きになった者が同性であれば、ああそうなのかと思い、異性であれば子を作るでしょう。同性であっても女性であれば子を作れますし、男性同士なら血のつながる女性に頼めばよい話」
いつも落ち着きはらっている桜丸が珍しく慌てて口を挟む。
「蛇の国でも、血の繋がった親子や兄弟、親族との婚姻があるのですか?無理に夫婦にさせられるような……」
「はて、何のことでしょう」
「男性同士なら血のつながった女性に頼むと言いましたよね?」
「ああ……蛇の国では無理矢理の婚姻はありえません。全て本人の意志です。血のつながった女性に頼むというのは、女性は無精卵を産むことができるので、一人でも子を宿せる。だから男を好きになった男が血のつながった子どもを欲するならば、姉や妹に無精卵の子をお願いするという意味です」
桜丸の口がぽかんと開いたまま戻らない。何と答えてよいかもわからないようで、開いた口は空気だけを飲み込んだ。
「ですから強いていうならば、男性より女性の方が敬われるかもしれませんね。といっても気持ち程度です。基本性別でどうこうはありません。関係ないのです、そのようなことは。桜丸様は私の性別が気になりますか?男か女かおわかりになられるかな?」
「ヒンデ、あなたは冷静で賢く判断力にも長けています。性別はどちらかわかりませんが、特に不都合は感じません」
ヒンデの表情はほとんど変化がないが、また高らかに笑った。よく笑う蛇だと思った。
「そういうことです。蛇の国はそういう国。パースラン様もそのような国を目指しております。しかし、主の兄君、タッカロンガ様は違います。そこに争いが生じてしまったのです。まずはパースラン様にお会い下さいませ。会ってもパースラン様が気に入らなければすぐにこの国に戻ることになるでしょうが」
桜丸は眉をひそめ少し考えると、表情に陰りが見えた。
「ところで、強いものは強く、美しいものは美しいとはどういう意味でしょう。そうでないものはどうなるのですか。弱いもの、醜いもの、賢くないもの……」
「タッカロンガ様は排他なさいます。パースラン様は興味をもたれる。そこで話し合いなのです。何事にも話し合いをもたれます」
桜丸はふっと口元を緩めた。
「わかるようなわからないような話ですが、承知しました。ヒンデの怪我がある程度治ったら蛇の国へ向かいましょう」
「怪我が治るのを待っていてもよろしいので?人の国が私の手により滅ぼされるかもしれませんよ」
桜丸は口の端を微かに上げて答える。
「滅びるなら滅びてしまえばよい。私は人間に執着はしません。楓が人でなければ、とっくに国を滅ぼしていたかもしれない、自らの手で」
自分の右手を見つめる桜丸の顔は、冗談には見えなかった。人という生き物に並々ならぬ恨みをもっているように見えたが、ヒンデはそれが珍しいこととも思わず、ただこの娘が主のお眼鏡に敵うかをひたすらに考えていた。
自分の命が尽きる前に、主の新しい側近……護衛を早急に見つけなければならない。
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