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苦しそうに、拳を握る魁人。どうやらずっとそこで悩んでいたらしい。
彼なりに、自分の推理がマイナーなものであると考えて、空気を読もうとしてしまったらしかった。なるほど、大人が子供に求めるような夢いっぱいのキラキラした作文、とは程遠いものなのかもしれない。
しかし、私は。
「……凄いわ!」
純粋に、驚かされていた。絵本に描かれた桃太郎の物語は、お世辞にも厚みがあるものとは言えないだろう。しかし、そんな少ない情報からよくここまで伏線を拾い、真相を推理してみようと思ったものである。
「こんな見方、今まで一度もしたことなかった!大人でも思いつかないことを、数日で考えて作文にしたなんて……あなたはとっても凄いわ。凄く新鮮だし、面白いと先生は思う!」
「そ、そうですか……?」
「ええ。むしろ、こういうものこそ私が求めていたものかも。お伽噺をただ面白いとか、感動したとかで終わらせるんじゃなくて……そこから自分なりに学んだり、発見したことを自由に書いて欲しかったから」
確かに、彼の世界の桃太郎は、おじいさんとおばあさんに利用されて英雄に祭り上げられた存在で。悪とされた、鬼の転生であるのかもしれない。それは、桃太郎に夢を抱く少年達の考えるヒーロー像とはかけ離れたものだろう。
だが。
人と人とで、違う意見があって何がいけないのか。思いがけない視点、ひっくり返る世界。それこそが子ども達に新たな発見を齎し、成長を促してくれるものではないのか。
「正義の味方を、ただの正義の味方と盲信しない。鬼をただの悪と決めつけない。……そういう考えはむしろ、積極的にお友達に知らせて欲しいと思うわ。いいじゃない、意見が違っても。そんなところで空気を読む必要なんかない。人の立場に立って、いろんなものの見方ができる生徒に育って欲しい……それが私の願いだから。君が、そういう生徒で今、すっごく嬉しいのよ」
思いがけない褒め言葉だったのだろう。魁人は真っ赤になって俯き、小さな声で“ありがとうございます”と言った。本気で照れているその姿が可愛らしくて、私はぽんぽんとその細い肩を撫でる。
「もし、貴方さえ良ければ。貴方の作文、他のみんなにも聴かせたいわ。……まずは、書いたものを私にちゃんと読ませてくれる?」
昔ながらのお伽噺でも、見方次第で世界は広がる。
真実を探る旅に、きっと終わりはないのだから。
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