有罪と無罪のトリル

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 勿論、異論はない。幸いにしてこの小学校では部活動というものがないので、教師が部活の顧問をしなければいけないということはないのだ。残念ながらテストの採点やら日報やらの仕事は残っているが、だからといって面談に時間をかけられないほどではない。まあ、あまり長く彼を放課後の教室に留めておく方が申し訳ない、というのもあるが。今日は塾もないようだし、それなら少しばかり長話になってもいいだろう。 「……本来の桃太郎は。不老長寿の妙薬だった桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返り、子作りをしたら桃太郎が生まれたという話ですよね」  あってます?と小首をかしげる少年。私は、う、うんそうね、と曖昧に頷くしかない。いきなりなんとも説明しづらいところから入ってくれたものである。子供を作るために具体的にどうこう、と言う話になったらどうしうようかと焦ったが、幸いにして彼の主眼はそこではなかったらしい。  というか、本人はその性的な知識もちゃんとある上でものを語るようだった。何故ならば。 「この設定のままだと、子供に“赤ちゃんはどうやって作るの”という質問をされて親が面倒なことになるので、まあ今の日本で主流となっている流れに変更されたみたいなんですよね。ようするに、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきて中から男の子が生まれた、ということになった、と」 「そ、そうね。うん」 「そんな川で流れてきた桃をいきなり食べようとするのも、今の価値観からするとどうなのかと思うんですけど。まあ、山でしばかり、川で洗濯をするような老夫婦が裕福だったとは思えないので、得体の知れない桃であっても食糧になるなら食べておけ、って思うのもわからないではないです」 「まあ、そうね。巨大な桃なら、二人でおなかいっぱい食べられるものね」  自分だったら食べないだろうけれど、貧しくて食べるものに困っている環境ならば充分あり得ることだろう。まあメタ的に言えば、おじいさんが桃を食べようと思って拾わなければ物語が始まらないので、という事情もあるだろうが。 「そして桃を割ったら男の子が生まれてきて、その子を育てることにしたわけなんですけど……」  僕はどうしても疑問なんです、と魁人は言う。 「……人間が、桃から生まれるわけないでしょ、普通」 「それはまあ、そうだけど。そういう風に物語を改変しちゃったんだから、仕方なくないかしら?」
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