走り出す

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 「一般人でもタイムトラベルが出来るようになったと言ってもまだまだ高いのに、申し訳無い」  派手な紫色のワンピースを着た私は姿見で確認しながら、夫に話し掛けた。  この靴は果たしてどれだけの時空空間を彷徨ってきたのだろうか。この赤い靴は、未来の最新を詰め込んだテクノロジーであると同時に、悠久の時を経て霊力を得た神でもある。 「何言ってるんだ、僕達にとって何より大事なことじゃないか。くれぐれも気を付けるんだよ」 「大丈夫、あまりに高いから、十分しか買えなかったし。行ってきます」  私は家を出た。  靴が夫のいたカフェへ走って行くプログラムは、組めなかった。事故のことは新聞記事になって残っていたが、私達がカフェで会った正確な日付は、二人共思い出せなかったからである。  それでも二人共、全く怖くはない。信じている。私達は何度でもどの世界でも巡り会うのだと。  走行モードのみで良いと言った私に、エンジニアは目を丸くした。 「走行モードのみなんて、ハイヒールに入れるようなやつじゃないよ。危ないから、高齢者向けの最新オートマ機能のにしましょう」 「いいや、元からそういうのが入っていたはずなんだ。もっと若い人が履くから大丈夫」  最初にこの靴にAIを搭載した私は、どの平行世界に居るのか知らないが、走行モードしかつけなかった理由は何となく分かる気がする。  若い私よ、走り出せ、走り出せ。 〈了〉
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