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「私の生活は、君のお陰で、ちょっとばかり好転してきた気がするよ」
毎晩、私は自分の部屋で、靴にせっせとクリームを塗り込みながら話しかけた。エナメル専用のものをネットで購入したのである。美しい真紅の艶が私の顔をピカピカと映している。
靴は返事をしない。当然だ。だって、口がない。
「口があれば、君は何と返事をするのだろう」
私は呟いた。私の意思を汲み取ってくれる靴である。きっと私の良き友になるはずだ。いや、もう既に良き友である。私は胸に靴をギュッと抱いた。
しかし、この靴は一体どこから来たのであろうか。
私はふと冷静になり、考えた。この靴をくれた老婆はこの靴は新品だと言っていた。確かに人が履いた形跡は無さそうだったが、タグやブランドのロゴなどはどこにもない。
私はスマートフォンのバーチャルアシスタント機能をオンにして問い掛けた。
「靴が勝手に走り出すのですが、何なのですか」
ポン、と電子音がして、機械的な女性の声が答えた。
「それは付喪神です」
「そうだったのか」
私は喫驚し、靴に向かって叫んだ。返事はない。しかし、成程、とすぐに合点がいく。
昔、祖父が、モノは長い時間が経つと魂が宿ると言う話をしてくれた。祖父の家のお釜は夜中に勝手に踊ったそうだ。この靴もきっとその類に違いない。何故新品に見えるのか分からないが、おおかた、あの老婆がリフォームにでも出したのだろう。
神を足に履くというのも畏れ多い話ではあるが、靴なのだから仕様が無い。私は物を言わぬ付喪神を足に履いて、どこにでも走って出掛けた。
今まではインドア派だったが、この靴で走るのがあまりに気持ち良いので、調子に乗って色んな所へ行くようになった。電車で二駅位までなら走って行ける。
「どこにでも一緒に走って行こうな」
私はたまに靴に話しかけた。決まって、勿論ですとも、と靴が答えてくる気がした。
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