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「まなぁー」
私の名前を呼びながら、大きく手を振って走ってくる男。
身長176センチの細身のその男はよく見れば、びしょぬれだ。
「ッ‼うわっ!」
追いつかれた瞬間、彼から飛び散る水滴を浴びることになる。
「もう!呂玖!制服濡れちゃうじゃんっ!」
「ごめんごめん、タクたちが校庭のスプリンクラー壊しちゃって…」
そういう彼の足元を見ると、なるほど泥だらけだ。
「まな、タオル持ってない?」
見た目は十分成長したのに、中身が追い付いてない目の前の子供は、
ちょっと小首をかしげる。
こいつと、長い年月を過ごすうちに、私は『おかん』と思われるほど、
様々な事態に備えて、彼に必要な物のほとんどが鞄に入っている。
「はい」
フェイスタオルを鞄から出して渡すと、
「ありがとう」
と当たり前のように受け取って、頭からすっぽりかぶってがしゃがしゃと拭いている。
「パンツまでビショビショ。見る?」
ばん!
ジャージに手を伸ばす呂玖の肩を押す。
「こんなところで脱がない!」
そんな私たちのやり取りを見て、そばにいた知紗子が笑った。
「安定のおかんと息子だね」
「いや、誰がおかんだよ」
「おかぁさーん」ふざけ散らかす呂玖。
「やめてよ、もう、あんたといるとほんと老け込むわぁ」
高校生にして、『おかん』になるのはごめんだ。
「老けてないよ。まなは頼りになる、かわいい彼女だもん」
…‼不意にぎゅっと呂玖に包まれる。
もう、こういうことさらっと言えちゃうんだから…。
濡れてしまった制服に怒ることも、ましてや自分が濡れていることすら忘れさせられる。ずるい…。
「はいはい、じゃ私バイトいくからまたね」
知紗子が私の背中をポンッとたたいて走っていく気配がした。
離してくれそうにない呂玖の腕の中で、後ろ手に知紗子に向かって手だけふる 。
「呂玖、私たちも帰ろ?早く着替えないと」
「うん!帰ろ」
大きな子供は、保育園の時と同じように、私の手を取って歩き出す。
ほんと、変わらない—。
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