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2月14日 土曜日だったので、午前中は部活だった。 楽器を片して、永濱君(かれ)の姿を探す。 「永濱君!」 ドアのところにいた永濱君に声をかける。 振り向いた彼の陰に、知紗子が言っていた一年生の姿が見えた。 彼女あからさまに、いやな視線を私に向けた。 「あ あの」 「どうしたの如月?」 いつもの優しい柔らかい声。 「えっと、今日一緒に帰れない?」 ちらっと一年生を見た永濱君。胸が痛む。 「…いいよ。」 「あ、ありがとう」 「うん、家まで送るよ」 「あ、うん」 いつもの永濱君。でもその横から、さすような視線を感じる。 私と違って、は、小さくて守りたくなるような子だ。 冷静にそんなことを考えて見つめ返してしまった。 「如月寒くない?」 今にも雪が降りそうな空の下、もう少しで私の家の前。 永濱君は私を気遣ってはくれるけど、会話は少ない。 それでも勇気を振り絞って、ちゃんと謝ろう、と気持ちを固めていた。 「一緒に帰るの久しぶりだね」 「あぁ そうだね」 家の少し手前、足を止める。 「?」永濱君も足を止めて、不思議そうに私を見る。 鞄からチョコを出して、永濱君の前に出す。 「あの、永濱君ごめんなさい!」ガバっと音がするほど、頭を下げる。 「私、永濱君の彼女なのに、呂玖にかまったりして」 永濱君は何も言わない。 「いやだったよね?でも、でもほんとに、呂玖とは何にもなくて、私、 永濱君のことが、好き、だから…」 永濱君がどんな顔してるのか、気になるけど顔をあげられない。 「これ、えっとチョコ、受け取ってください。」 ずん、とちょっと前に両手でチョコを差し出す。 長い沈黙。 「ごめん、如月」 「…へ?」 まさかの、永濱君の言葉に、顔をあげる。 永濱君は、ほんとに困ったような、せつない顔をしてる。 「これ受け取れない」 「ど、どうして?」 「知ってるんでしょ?三﨑のこと」 三﨑…一年生のことだ。 渋々うなずく。 「ちゃんとしなきゃってわかってたんだ」 寒さのせいじゃない。指先まで冷たくなるのを感じた。 聞きたくない。 「なんとなく、如月には俺じゃダメなのかなって…そう思ってたのもあるけどね。」 「なんで?」私だって、私だって永濱君のこと… 「吉仲が相手じゃ、やっぱ俺は相手になんないなって…」 「呂玖とは何にもないよ!」 「わかってる。如月がどう思ってるかは、俺にはわからないけど、俺も如月のこと好きだったから、吉仲がどう思ってるかは、わかるんだよ…。」 え? 「多分、吉仲は俺なんかより、ずっと如月のことをよく知ってて、大切にしてるんだって…」 「そんな…そんなの。幼馴染なんだから、そんなの当たり前だよ!ただそれだけだよ!」 「如月…」 あぁ私ずるい。女が泣いたら、男は何も言えない。お父さんがいつも言ってる。だから、こんなのだめ。そう分かってるのに、私は自分の目からあふれ出る涙を、止めることができなかった。 「初めて見るな、如月が泣いたとこ…」 「ごめん」 「いいんだよ、俺が悪いんだし」 首を横に振るけど、言葉が出てこない。永濱君は悪くない。 「でも、正直三﨑は俺だけなんだよ。俺しか見てないって思うと、かわいく思えて、大事にしたい。」 やめて、そんなこと聞きたくなかった。永濱君の優しさが、冬の冷たい風よりも体に突き刺さる。 「俺から、告白しといて、こんな結果になってしまって、ごめん。でも」 永濱君は、ひと呼吸おいて私の好きな声でいう。 「ごめん、俺たち別れよう。」 とまりかけた涙が、堰を切ったようにあふれ出した。 その時 「まな?」 聞きなれた声が背後から聞こえた。 バカ。ほんと最悪のタイミング。マジで空気読め。 私のすぐ横に、呂玖が立ったのがわかる。 「永濱!おまえなんだこれ!」 もうほんと、こんな静かな住宅街で何怒鳴ってるの! 永濱君は、何も言わない。 「てめぇ、まなになにしたんだよ!」 あぁもうあんたのそういうとこだよ! 「如月…」 「いいよ、永濱君、もう行って」 こんな時なのに、呂玖のしりぬぐい。 「送ってくれてありがとう」 顔をあげると、困ったような笑顔で、微笑んでから私に背中を向けた永濱君が見えた。 「おい!永濱!」 まだかみつこうとする、呂久の服をつかむ。 「呂玖!」 「まな…だって。」 泣いている私に戸惑っている呂玖に告げる。 「私たちの問題だから」 呂玖は一瞬永濱君の背中を見たけど、泣きながら服をつかむ私をほおっておけるわけもなく、そっと肩を抱いて、家のほうに促してくれた。 いつの間に、呂玖はこんなおっきくなったんだろう? イケメンのくせに鼻水垂らして泣いたり、びしょぬれで私に笑いかけてきてた、ちっさい弟みたいな呂玖だったのに、今は私をすっぽり包んでいる。 でも、変わらない。吉仲家のキッチンでよくするバニラのにおい。 呂玖には似合わないふんわりと優しいにおい。 呂玖のせいなのに…。呂玖がいけないのに。 違う。わかってる。呂玖のせいじゃないし、 私がちゃんとしなかったから。 呂玖を責めたら楽になる。 そう思って、グーパンチを彼の肩に繰り出す。 「いてッ」 小さく言ったけど、 ジレンマのはざまで、何も文句言えない私が、 バカみたいに泣きじゃくるのを見てなのか、 呂玖は優しく私の頭を撫でた。 結局、呂玖がいて、よかったのかもしれない。 腹が立って仕方ないのに、安心する。 こうして、私の初めての彼氏との思い出は、四季を一周することなく、終わりを迎えた。
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