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「あ、まなちゃん」 「あ、たくや君」 軽音部の部室の前で、 部員の森 拓哉君と鉢合わせる。 「あれ?今日華道部は?」 「先生の都合で急遽おやすみ」 「じゃぁ今日は軽音部(こっち)にいられるんだね」 にっこり笑うその表情は、 ボーカルにふさわしいさわやかなものだ。 「うん、まぁ」 「呂玖喜ぶよ」 「はは、そうかな」 「うん、じゃまたあとでね」 彼に手を振って部室に入ろうとすると、 背後から気配を感じる。 「はぁはぁ」 肩で息をするのは、呂玖だった。 「お、お疲れ」 「…はぁ、まなのクラスのやつに華道部や炭って聞いてさ」 「う、うん」 「そしたらまな軽音部(ここ)かなって思って。」 「走ってきたの?」 「うん」 犬かな? 「今日は、こっちの手伝いするから、 何でも言ってね」 そうは言っても、そんなにやることないんだけど。 楽譜のコピーとか、部室の掃除とか、 あとは、見学してるだけ。 「まなは音感いいから、厳しい目で見てね」 と言われるけど、吹奏楽とは全然違うから、 私の意見なんて参考にならないなぁ。 と、感じていた。 でも、惹きつけられてしまう。 呂玖がたたくドラムは、その音にも、 その姿にも…。 幼馴染ではあるけれど、 呂玖がかっこいいというのはよくわかっている。 でも、そんなんじゃない。 何年も見てきた呂玖なのに、 ドラムの前にいる男は、別人のようだった。 持てる色気も力強さも、 全部をのっけてあふれるように音を出す。 その感じに、たまらなくぞくぞくしてしまう。 私には、推しとかいないし、 アイドルやバンドに夢中になったこともほぼない。 だから、ライブとかコンサートとかも行ったことがない。 でも、クラスの女子が話してた。 「ライブ行くとさ、こうなんか全身がっぞくぞくするよね」 「わかる―、地面からも空気からも押しを感じるっていうかさ」 「そうそう、抱きしめられてるみたいな?」 これ、 この気持ちがいまいちピンとこなかった。 確かに、推しメンに会えるのはうれしいのだろう。 そういう想像はできたけど、 人見を潤ませて超興奮気味に言う彼女たちの気持ちまでは、 理解できずにいた。 でも、呂玖のドラムを聞いたら、 その感覚がわかる。 多分こんな感じなんだろう。 目が釘付けになって、 鼓膜が心臓と一緒にふるえて、 全身がとらわれたように動かなくなってしまう。 ドラムセットの奥の呂玖と目が合うと、 ドキドキした。 キスしたい、抱きしめてほしい。 そんな気持ちになってしまう。 それを見透かされたみたいで、 恥ずかしくなる。
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