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寒いなぁ、冬の寒さも本気を出してきたな
と、身体を縮こませる。12月中旬になって本格的に冬の到来を寒さを通じて痛感しながら、床暖であったかくなっているであろう自宅を想像して何とか仕事からの帰り道という試練を乗り越えようと頑張ろうと歩みを進める。
その時、ふと自動販売機が目に入った。赤色の至って普通などこにでもある自動販売機だったのだが、こんなところに自販機なんてあったっけ、という違和感から歩みを止める。私の違和感はそれだけではなかった。商品をよく見てみると、「あったかーい」や「つめたーい」といった温度表記や値段表記はされているのだが、商品名は表記されていなかったのだ。つまり、自分の飲みたい飲み物を確実に飲むことが出来ないということだ。
この自動販売機で買う人なんているのかな
と奇妙に感じる部分もあったが、なぜか心が惹かれる部分もあった。
自動販売機の前で立ち尽くしていると、コートに白い何かが沢山付いているのに気付いた。それは雪だった。と共に、これまでギリギリ耐えていられた寒さに耐えられなくなった。急いで暖をとるものを身近に探す。
あっ。そうだ。温かい飲み物で身体を少しでも温かくしよう。
という思考が生まれた。また、自分の自販機に対する好奇心も満たされることも嬉しかった。かじかんだ手を不器用に動かして財布の中から100円玉と10円玉を二枚取り出すと、コイン投入口に入れる。鼓動を速くしながら、「あったかーい」と表記されている下のボタンを押す。ガタンという音を聞き、少しかがんで缶を取り出す。しかし、その缶は全く温かくなかったのだ。
どういうこと?
私は混乱と怒りが入り混じった感情に襲われた。
これって詐欺じゃないの?間違いなく私は「あったかーい」のボタンを押したはずなのに。どうして?
とりあえず買ってしまったものはしょうがないので缶のプルタブを開ける。
しかし、また私を混乱させることが起こった。なんと中には液体ではなく、糸のようなものが入ってあったのだ。
何これ?
と思い、中からその糸のようなものを取り出そうとすると、缶の上全体が簡単に開いたのだ。
特殊な缶の構造になっているんだな。
と驚きながら、糸のようなものを取り出してみると、それはセーターだった。
なるほど!このセーターで温かくなるから「あったかーい」なんだ
と納得したのだが、どうも自分の体には合わない。また、今温かくなれるものではなかったのでがっかりした。
しょうがない、帰ろう。
と俯きながら止まっていた足を再び動かす。
すると突然、
「すいません!」
誰かに呼ばれたので後ろを振り返ってみる。後ろから声をかけてきたのは小学2年生ぐらいの幼い少女だった。私も腰をかがめて
「どうしたの?」
と尋ねる。
「すいません。今手に持っているセーター、見せてもらえませんか?」
とお願いされたので何の躊躇もなく、少女の手に渡す。少女は服を熱心に観察して
「これ、私がお母さんの誕生日プレゼントのために編んだマフラーです。友達と一緒に編んでて、その帰り道に落としちゃったみたいで。本当にありがとうございました。」
少女は丁寧にお辞儀をする。私は何のことか分からないまま、とりあえず少女に向かって、
「これからは気をつけるんだよ。」
と声をかける。少女は
「はい!」
と勢いよく返事をして、走って帰ってしまった。
子どもは元気だなぁと感心する。自分も帰り道の途中だったと思い出し、歩き出す。歩いている途中に、私はふと思った。
「あたたかい」って身体が温まることじゃなくて心が温まるっていう意味だったんだ。
私はいつの間にか自宅前まで辿り着いていたことに気付き、玄関の扉を開ける。
「ただいま。」
いつもよりも心なしか家族からの
「おかえり。」
という声が心にしみわたっていく気がした。
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