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2 デート
「最近どーなん?」
学校の日休み時間、いつものように四人で固まっているとカンナが來未に問いただす。
「ええー……どうっていいわれても……」
「うちらまだ何も聞いてないし」「一週間もたったんでしょで初デートとかさー」
もねと志津の言葉にうつむく來未は恥ずかしそうに答える。
「まだ何も……。でも、付き合う前から一緒にいること多かったし、幼馴染だし」
付き合っているという事実が來未の中では確かに存在して、ぞの事実に幸せを感じていた。だから、私の気持ちの中では大きな変化が起きて生まれ変わったような気持でいた。
その裏に隠れた真実を引っ張り出すようにカンナの言葉が心臓を握る。
「なんつーか……かわんねーな」
常連の騎士が行くスタジオに今日は來未もいた。
予定があるらしく早苗はいない、でもどんな予定までかは分からなかった。用事の内容を言わなかったということは聞かれたくないことだおもったから……それに、少しだけ私にも都合がよかった。
「いいのかよ、早苗に着いて行かなくて」
「いいの、いつも一緒に帰ってるし今日は予定あるみたい。部活入ってない早苗が普段何してるか言いたくないみたいだし」
「ほんとか?思い込みとかじゃなくて、ちゃんと聞いたのか?」
「……」
大きなため息をこぼす騎士は声のトーンを変える。
「で、どうしたんだ?」
「私って変わった?」
「つきあってからってことか?」
「……うん」
私自身何を聞いてるんだろうって思う。でも、消えない淡い期待が騎士にはそそぐことができた。それに、騎士は嘘なんかつかず思ったことを正直に言ってくれるから……。
ゆっくりと動く騎士の唇に自分だけがこの世界にいないように感じた。
「変わったんじゃね?具体的にって聞かれると分かんねーけど、なんとなくおれにはそうかんじたかな」
緊張がゆるむと同時に胸いっぱいに安心感に包まれる。
よかった。何も特徴のない地味でつまらない人間から少し変わることができたのかもしれないと思えたから。とってもあいまいで大雑把でテキトウだってわかってる。ただ『変わった』という言葉を言われたかっただけかもしれない。けど、それでも私は嬉しかった、すっごく嬉しかった。
「ありがとう騎士。明日遊園地に誘ってみようと思う」
「ああ」
優しく微笑む騎士に見つめられながら、來未はスマホを取り出し早苗にかけた。
くみち―「あ、今大丈夫?」
さなえ 「うん。どうしたの?」
くみちー「明日遊園地一緒に行きたいなーって」
さなえ 「いいよ、場所は?」
くみちー「昔三人で行ったエブリパーク」
さなえ 「てことは、騎士も一緒に?」
くみちー「え、別にそんなつもりはなかったけど……久しぶりだし三人で行く?」
さなえ 「どっちでもいいよ」
くみちー「じゃ……な……おい!早苗いいのかよお前はそれで。そこは二人で楽しんでくるだろ」
さなえ 「……」
くみちー「っちょ……で……」
さなえ 「ははははは」
久しぶりの早苗のあどけない笑い声に騎士と來未の動きが止まる。
まるでそのまま昔のあの頃に戻ったような、そんな感覚に騎士と來未は確かに襲われていた。転勤族の早苗と三人が出会い仲良くなったあの頃。小学三年生で引っ越してしまった早苗と通話の頃と同じ。
離れていても通じあっていたあの感覚が冷めていた三人にまたぬくもりを戻し始めた。
遊園地当日の朝。
來未は重い体を動かしベットから立ち上がる。
初恋の相手と初デート。來未の人生に急に幸せな事が連続で転がってきた。好きな人に告白できたそして付き合えた。それに昔みたいに三人の絆が蘇ってきている気がした。
この日のデートに備えていた私はクローゼットから新品のワンピースを取り出す。それは、今日のデートのためにカンナちゃん達と相談しながら一緒に買った服。
「似合ってる?」
鏡の前で自分の姿を確認した第一声がそれだった。
買った時は似合っている自身があったけど、鏡の前の自分の姿を見て急に不安な気持ちになる。
スマホで時間を確認すると刻一刻と約束の時間が迫っていた。
大丈夫。似合ってるよ私!
そう言い自分に言い聞かせ、メイクを急いで始める。昨日はうまく寝れなかった。今日のデートに緊張して。それに今日の顔はひどい……。目の下のクマが気になるし、化粧のノリも悪い。何とかメイクを済ませた後イヤリングとネックレスを付ける。これは昨日カンナちゃんたちと別れた後、自分で選んで買ったもの。人に頼ってばかりじゃダメだと思ったから、せめてイヤリングとネックレスぐらいは私自分が選んだものにしようと思った。
スマホを確認すると騎士から返信が来ていた。『どんな格好でも早苗は喜ぶと思うぞ』
私はありがとうを伝えるスタンプを返しスマホを閉じる。そんなことは分かってる。でも、やっぱりどうしても早苗くんの好きな格好をしたい。もっと可愛い好きって思われたい。
「似合ってたらいいな、褒められたらいいな」
小さな言葉を残し來未は部屋を出た。
靴を履いてから玄関にある鏡でもう一度今日のコーデを確認する。張り切りすぎていつもよりメイクが濃くなっている気もする。
するとカバンからスマホのバイブレーションが伝わってきた。確認すると早苗くんからだった。『そろそろ出るね』私は『りょうかい』とだけうち家を出た。
私が家を出ると同時に正面に住んでいる早苗くんの家の玄関のドアが開く。
早苗が來未に気付くと笑いながら小さく手を振る。來未も同じように小さく手を振りお互いは同時に道路に出た。
「おはよう」
「おはよう」
あれ?それだけ?他には?
勝手に期待していた自分に気付く。そうだ、長い間一緒にいて付き合う前から友達として一緒に遊んでいた。早苗にとっては大切な記念な日でもなく、大きな変化があった日でもない。いつも通りの日常の延長線でしかないのかもしれない。
だって私たちは知り合いから恋人になったわけじゃなくて、友達以上恋人未満の幼馴染から恋人になったんだから。
すると私の後ろの方からガチャッとドアが開く音がする。
私の家の隣に住んでいる騎士がドアから出てきた音だった。
「おーおはようー」
少し眠そうな騎士が片手を上げる。
私は緊張や不安から二人きりが怖くて騎士を呼んでしまっていた。その自分の行動に、自分の意志の弱さに気分が落ち込む。
せっかくのこの日を楽しまないといけないと分かっているのにも関わらず、考えてしまう。考えずにはいられなかった。
気づけば直ぐ隣にいた騎士が二人を不思議そうに見つめながら言う。
「いかねーの?」
「そうだね」
早苗は來未に同意を求めるようにうなづく。
「行こう」
來未は笑って答えると三人は一緒に遊園地に向かった。
遊園地に入ると左右にコーヒカップとメリーゴーランドが姿を現す。
入り口から少し進んだ所で三人は止まった。
「え、いかねーの?」
騎士の問いかけに早苗も來未もすぐには答えなかった。少しの間を開けてから早苗が答える。
「來未は何乗りたい?」
こういう時、小さい頃から人にゆだねてきた來未はうまく答えられなかった。これに乗りたいなんて欲求はうまくわいてこない。
自分で選ぶことが苦手な事知ってるのになんで私に聞くの?そんな自分勝手な考えを訴えるように來未は早苗の顔を無言で見つめた。
朝、何も言ってくれなかったことをまた意識してしまった。
すると私の疑問に答えるように早苗が口を開いた。
「來未から誘ってきたからなにか乗りたいものあるのかなって思たんだけど、いつものね」
その言葉來未には刺さった。
「ああ、いつものか。苦手だもんな昔から、ほんと変わってないな」
騎士が豪快に笑う、それをどこか冷たい目で見つめる早苗。
來未は無言のまま静かに下ろしていた左手でワンピースの裾を強く握りしめた。
「さ、早く行こ」
早苗が來未に一歩近づいて言うと少し強引に右手を掴み歩き出した。引っ張られるように着いて行く來未の後ろを騎士がついて歩く。
なぜか最近昔のことをよく思い出す。あの時、私たちがまだ小学生になったばかりの頃、いつも私はこうやって真ん中にいた。
そして高校生になった私は今、あの頃から片思いしていた人と付き合い、一緒に遊園地に来て、今こうして手をつないでる。
あの時と少し一緒で少し違う。この小さな幸せを私は強く握りしめた。
メリーゴーランドの前に着いた早苗が立ち止まる來未に聞く。
「どうする?」
「どっちでも」
そんな二人の会話にじれったさを感じる騎士が割り込んだ。
「はいはい。二人で行ってこい。写真は任せろ!」
背中を押した騎士は列に並ぶ二人に元気よく手を振っていた。
早苗が内側、來未が外側、隣に並んで乗ると少ししてから回り始めた。
外周を見ていると騎士がスマホを片手に笑顔で手を振っている。
「あ、あそこに騎士がいるよ」
「うん」
來未が指さして言うと、早苗が志津香に返事を返してくれる。
「なんか乗ってる私たちよりも楽しそうにしてるね」
來未のその言葉に返事はなかった。少し気になった來未が振り返ると同時に早苗は笑って答えた。
「そうだね」
「うん」
早苗の笑顔につられるように私も微笑んだ。
それからいろいろなアトラクションを回った。お店では三人でおそろいのキーホルダーを買った。
気が付けばすっかり日は暮れてしまっている。
「最後は観覧車に乗りたい」
來未の言葉に早苗と騎士が同時にうなずく。それから三人で観覧車の長い列に並んだ。
この遊園地ですっかり打ち解けた三人は気まずさなんてなく他愛のない会話を楽しんだ。あっという間に出番が回ってきた丁度その時、早苗の携帯が鳴った。
静かにスマホ取り出し確認する早苗。
「次のお客様、お乗りください」
來未が従業員の言葉に促されるように乗り込んだ。騎士は早苗を待つように外側に立って従業員さんに乗りませんと手をかざす。
「乗りたかったんだよね、ごめん二人で乗って、僕は帰らないと」
スマホを確認し終えた早苗が言うと、騎士の背中を押し乗り込ませてくる。
続いて従業員に言う。
「すみません、行ってください」
すると、早苗は急いで引き換えし走っていく。
観覧車の中に早苗と騎士が二人で取り残された。現状に戸惑っていると二人同時にスマホが鳴る。お互い顔を合わせ、早苗からの連絡だと相槌をうった。
『ごめん、門限に間に合わなくなるから帰る。観覧車楽しんで』
ゆっくりと上がっている観覧車の中から走っている早苗の後ろ姿が見えた。
「はぁ……」
ため息をつきながら椅子に座る騎士。來未は向かい合うように腰を下ろした。
「そうだったね。早苗くんの家少し厳しんだった」
「それでも楽しんでって……。來未はただ観覧車に乗りたかったんじゃなくて早苗と一緒に降りたかったのに」
「……。騎士は本当にやさしいね。ありがとう私の分も悲しんでくれて。でもいいよ、こればっかりは仕方がないし」
「でもさ、カップルだろ。付き合ってんだろ」
「私成長できたと思ってた。変われたと思ってた。……でも結局何も変わってない。変わったのは見た目だけ」
「それでも十分変われたじゃねーかよ」
「ううん、違う。自分の意志で変われたんじゃなくて、年を取るのと同じように、体の成長と同じように変わっただけ」
「それでも変化は変化だろ。それに告白したのは來未からだ、それに遊園地に誘ったのだって。だから、十分変わってるよ、あの時と比べて……それにそこまで無理に変わらなくてもいいと思うぞ」
「なんで?」
「早苗ならどんな來未だって受け入れてくれるよ」
満面の笑みではっきりと言い切る騎士におかしさを覚え笑いがこみ上げてくる。
「なにそれ。何であんたが自信気なのよ」
「何でだろーな」
二人でしばらく笑いあっている間に頂上に来ていた。
「ありがとう騎士」
驚いた様子で來未を見つめる騎士。
「なんだよいきなり」
「いつも手伝ってくれて、それに支えてくれて」
「幼馴染なんだしそれくらい普通だろ」
「そんなものなのかな?」
「早苗ともいつもこんな風な事話してるのか?」
「ううん……はなせてない」
外の岸城を見つめながら静かに答える來未に騎士がフォローを入れる。
「まぁ、そのうち話せるようになるだろ。次は二人きりで本当のデート頑張れよ」
「うん、ありがとう」
夜空に浮かぶ二人は胸の内を隠すようにネオン輝く夜の街に落ちていく。
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