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すごい形相で自動ドアから男が走って入店した。
彼は自動ドアが開けきる前に身体を横向きにしてコンビニという大衆スポットに自らをねじ込んだ。
相当急いでいるのだろう。
だが彼は入口付近で肩を落とし膝に手をやり息を整えた。
そのまま三分ほどが過ぎた。
「せっかく走って来たのに、これじゃ息を整える時間を考えたら歩いてきた方が効率がよかった」
男は誰かに話しかけるくらいの音量で独り言を言った。
誰かから返りがあるか、また三分先程の姿勢に戻って待ったが誰からも返りはなかった。
諦めて男はレジに向かった。
いよいよ本題だ、という顔をしている。
レジには卵の白身くらい肌の白い女性店員がいた。
コンビニとはレジ以外にも業務が山ほどあるはずだが、彼女はレジの定位置から微動だにしていなかった。
もちろん先程の男の独り言も聞こえているはずだった。
男はそのレジ台より肌の白い店員の方へ向かっていき「この店買い占めてもいいですか?」と声をかけた。
「少々お待ち下さい、確認させていただきます」
「どれくらい待てばいいですか?」
「五年以内には大丈夫だと思います」
「じゃあ待ちます」
すると女性はレジの後ろの電話をとった。
「もしもし、警察の方ですか。
うちの店にお客様が現れまして、あ、コンビニなんですけども。お店を買い占めたいとおっしゃってるのですが」
「はぁ、えーと。
どうされました?」
「買い占め許可してもよろしいですか?」
「え、まだちょっと事態が把握できていないのですが。どういうことでしょう?
ただ私共の管轄外だと思いますが」
「あ」
「どうされました?」
「なにもないです」
「あ、ではよろしいですか?」
「いや、でも警察って国の機関ではないのですか?」
「まぁ、そのようなものかもしれませんが。
え?それってお国の話ですか?」
「私、店長なんですけど、この間オーナーさんに店長は一国の主だという話を聞いたので」
「えーと。たぶんそれは例え話だと思いますけど」
「例え話ですか?」
「はい、おそらく」
「それは例えるならどういったことですか?」
「例え話を例えるんですか?
ちょっと話が複雑になってきましたね。あ、すいません。独り言です。あの、思ったのですが、そちらのオーナー様に聞いてみてはいかがですか?」
「今、逃げました?」
「え、あっ例え話を例えることからですか?
はい、逃げました」
「では、私はオーナーに聞いてみます。
私は逃げません」
「お願いします」
電話を切ると店員は男を探した。
隣にいた。
と言うより真横にいた。
耳が受話器にくっついているのではないかという近さだった。
「どうでしたか?」
男は不安げだ。
「大丈夫です。全て販売させていただきます」
「オーナーに聞いた方がいいんじゃないですか?」
「いえ、私とオーナーは一心同体ですので必要ありません。以前オーナーに『俺達は二人で一つだ』と言われましたし」
「わかりました。では全商品買います」
「では商品お持ちいたしましょうか?」
「お願いします」
店員はカゴに商品を山盛り入れてレジまで運ぶ作業を繰り返した。
男はそれを食い入るように見つめていた。
「ちょっと立ち読みしてていいですか?」
「いいですけど、うちの雑誌は全部紐で縛ってるので見れないですよ」
「いえいえ、自分で持ってきた本です」
男は鞄からジャポニカ学習帳を取り出した。
「なら、いいですよ」
言われる前に男はジャポニカ学習帳を読み出していた。
「あの、ちょっとそこは他のお客様の邪魔になってしまうのでやめてもらえますか」
「じゃあどこだったらいいですか?」
「うちの休憩室お貸ししますのでそちらで読んでもらえますか?」
「休憩室って椅子があるんじゃないですか?
椅子があったら立ち読みにならないでしょう」
「椅子の上に立って読んでみてはいかがでしょうか」
「いいんですか?」
「断る理由などありません。
お客様は神様です」
「じゃあここで読みます」
「どうぞお読みください。
お客様は神様ですから」
「おい、オネェちゃん。
おにぎりなくなってるぞ、売り切れたのか?」
店に入ってくるなり、青いキャップを被った初老の男が声を荒らげた。
「すいません、お客様。
間もなく売り切れてしまいます」
店員は凄いスピードで商品をスキャンしながら答えた。
「なんでコンビニでおにぎりが全部売り切れるんじゃ」
「ではお客様、私が後で作りましょうか?」
「あんたがおにぎりをか?なめとるんか?時間がかかるじゃろ」
「最善を尽くします」
「どれくらい待てばいい?」
「そうですね、五時間もいただければ作らせていただけると思います」
「じゃあ待つわ」
「あと差し出がましい話かもしれませんが、隣のスーパーで鮭やおかか等の具の材料を買ってくだされればその分時間は短縮できますがいかがしましょう?」
「おぉそうか。
じゃあワシ今から買ってくるわ」
初老の男は出ていった。
休憩室に男が向かうのと入れ違いに、休憩中だったもう一人の店員が出てきた。
「戻りまーす。なんか休憩室にちょび髭の男がノートみたいなの持って入っていったけど」
「立ち読みしにいったの」
「ノートって立ち読みするものかよ」
「あれ?その人、ちょび髭生えてた?」
「あ、ごめん生えてなかったかもしれない。
てか、何してるの?」
「見りゃわかるでしょ。買い占めのお客様来たの」
「珍しいこともあるもんだね」
「手伝ってくれない?」
「ムリムリ。私今日はお客さん入ってきたときに、この人何買うかクイズするって決めたから」
「終わったらまぜてもらうわ」
「早く終わらしてよ」
しかし思いの外、作業は早く終わった。
たまたま店員の同級生でボディビルダーをしている集団がきて、大会までの時間潰しに手伝ってくれたからだ。
「ありがとう。アツシもサトルもシンペイも川西も皆ボディビルダーになったんだね」
「俺らの代は奇跡の年って言われてるんだぜ。卒業生約二百人中、六十七人がボディビルダーになったんだからな」
「男子の半分以上がボディビルダーなのよね」
「もう学校の先生は、それしか語ることないって言ってるらしいぜ」
「ありがとう。お陰様で仕事早く終わったわ」
「こちらこそいい準備運動になったぜ。
それで、お前の相方はレジでぼーっと何やってるんだ?」
「あぁ、あれ?客の商品当てクイズ」
「じゃあしゃあねぇな」
アツシ達は縦に並んで去っていった。
そして同時進行でおこなっていた商品スキャンもようやく終わった。
最後の一カゴを打ち始めるころあたりから、男が休憩室から出てきてその様子を見守っていた。
「お会計4568276円です」
「袋は?」
男はなぜかタメ口になっていた。
「あぁ、すいませんレジ袋が有料になってましてお代金いただきます」
「何円?」
「一袋、3円になります」
「んー。じゃあ二個ちょうだい」
「二個ですね。どの商品を入れますか?」
「んー。じゃあ袋を袋に入れといて」
「かしこまりました。
ではお会計変わりまして4568282円でございます」
「カード使える?」
「絶対に使えません」
「じゃあちょっと手持ちの現金じゃ足りないわ」
「お取り置きしときましょうか?」
「あぁ、じゃあそれくらいの現金が揃うの五年くらいかかると思うけどいい?」
「五年ですね。かしこまりました。
五年後、ご連絡させてもらいましょうか?」
「何言うてるんですか。
電話くらいこっちにさせてください。
揃い次第、させてもらいます。
おっと、居留守は使わないでくださいよ」
「またのご来店お待ちしております」
最後だけ京風になった男が出ていくと先程の初老の男が大慌てで帰ってきた。
「ネェちゃん!
鮭もおかかも全部売り切れだったわ。
昆布とかツナもなかったぞ」
「え、そうなの?」
「全部取り置きしてるんだと」
「そうなの」
「なぜこのタイミングでタメ口になるんじゃ」
「さっき、別の人にやられたので」
「まぁええわ。
んで、レジの人に『どうしてもおにぎりが食べたいのなら作りましょうか?』って言われてよぉ、少しでも早く作ってもらうために中の具買いに来たんだけど、ここ売ってなかったか?」
「この通りです」
店員は空になりつつある棚を指し示した。
「ここもか。急ぐしかないな」
初老の男は店を出て走り出した。
その前に同じく走っている先程の男がいた。
二人が見つめる先にイオンがあった。
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